2014年07月11日

アメリカに渡ったクズ

アメリカに渡ったクズ

わおぉ、これは何だ?! 少し前ネットに掲載された画像を見て、思わずのけ反りそうになったことがある。場所はアメリカの南東部。画像には、彼の地の森林や廃屋や廃車などを覆い尽くし大繁殖した、クズ(葛)の様子が写っていたのだ。そう、日本では葛餅の材料となる葛粉でお馴染みの、あのマメ科の野草だ。あらゆるものに巻き付き絡み付いたそれらのクズの葉は、まるで地球のすべてを呑み込もうとする、怪異なインベーダーのようにも見えたっけ。

それにしても日本の一般的な野草であるクズが、いつの間にアメリカに進出し、かくも大繁殖したのだろうか。調べてみると意外なことが分かった。彼の地でもクズは「Kudzu」と呼ばれているが、これは1876年にフィラデルフィアで開催された植物祭で、日本から持ち込まれ展示されたものが広がったからだとか。当初は葉を観賞用や家畜の飼料として利用したようだが、1936年に農務省が国土緑化や砂防用に栽培を奨励。以後またたく間に政府の肝いりで、堤防や高速道路の法面をガードする“緑の壁”として、こいつは大出世を遂げたらしい。

ところがアメリカ人も想定外だったのがその繁殖力。ことに南東部の気候は生育にピッタリだったようで、条件次第で1週間に2メートル以上も伸びるという成長の早さには、彼らも驚いたはず。おまけに彼の地にはクズの生育を妨害する竹やイネ科植物など、地面に根を張る植物が少なかったこともあって、まさに傍若無人の暴れっぷり。他の植物は覆い尽くすわ、建物などは埋もれてしまうわで、ついに農務省が宣言してクズは「雑草」に格下げされたのだとか。「このクズ野郎!」と役人が言ったかどうかは知らないが。

いまではやっかいな外来植物として、駆除の対象にされている彼の地のクズだが、しかしそう聞くと黙っていられないのが日本人だ。何といってもクズの根からは和菓子の材料の葛粉が採れるし、また漢方薬の葛根湯はこれを煎じたもの。つまりわれわれ日本人にとってクズは、普通の雑草とはちょいと違う伝統的な有用植物なのだ。アメリカ人も葛粉で作った胡麻豆腐を一度食べたら、きっとクズに対する見方が変わると思うんだけどねえ。

そう言えば、だいぶ前に筆者がぶらりと旅したのが、奈良県の大宇陀という所。ここは薬草のほか葛粉の産地としても知られた町で、通りには「吉野葛」の看板を掲げた数軒の老舗があり、店の奥には高価そうな商品が並んでいたっけ。今から思えばこれらはきっと、料理好きには垂涎の逸品だったはず。まあ、筆者のような面倒臭がりには猫に小判なので、特に土産に買うこともしなかったが、あれで葛きりなんか作って食べたなら、きっと極上の味がしたんだろうな。

吉野葛は厳冬期に、しっかり澱粉を溜め込んだクズの根を掘り起こし、選別して粉砕したものを何度も水で晒して、ようやく取り出した純度の高い澱粉。葛粉として精製し商品にするまでには、恐ろしいほどの手間がかかるらしい。なにしろ1kgのクズの根から、得られる葛粉は約100g。なので「白いダイヤモンド」とも呼ばれるみたいだが、これじゃ多少高価なのも仕方がないか。当地では、葛粉100%のものを「吉野本葛」と呼び、さつま芋の澱粉と混合したものを「吉野葛」と呼んで区別するようだ。

アメリカに渡ったクズ

しかしクズと聞いて思い浮かぶ筆者の好物は、何といってもやっぱり葛餅。葛粉を水で溶き熱を加えてよく練り、冷やして固めたものが葛餅だが、これにきな粉と黒蜜をたっぷりかけて食べると、夏の最高のおやつになる。プルンとして透明なので見た目も美しい上、食べると何となく涼やかな気分にもなれる。また葛で餡子を包んだ葛饅頭も、見た目といい味といい極上の和菓子だ。クズの繁殖に悩まされるアメリカ人にこれらを見せたら、たぶん絶対に「アメージング!」と叫ぶだろう。

ちなみに葛餅は東西で作り方が少し違うようだ。葛粉を使ったプリンと透明なものが関西風なら、関東風はやや茶色がかった不透明な白色で、モチモチしているのが特長。筆者は浅草の「舟和」の葛餅が好物で、以前、東京から佐賀に帰省するときはいつも土産に買っていたものだが、ここのはなぜか「久寿もち」と表記してあったね。調べてみると、関東のそれは葛粉ではなく小麦粉を発酵させて作るのだとか。どうりで「葛」の字を使わないわけだが、これはこれでまた独特の食感があって絶妙の味なのだ。

ともあれ、秋の七草の一つであり“和”のイメージの強いクズが、アメリカで「デビルプランツ」と呼ばれるほど大繁殖しているとは、多くの日本人にとって意外な話だ。なぜなら日本の在来植物は、いつも外来種に浸食されっぱなしで、しまいには奴らに駆逐されそうな、脆弱なイメージがあるからだ。セイヨウタンポポも、セイタカアワダチソウやオオブタクサも、今や日本中の山野をわがもの顔で席巻している。そんな中であの地味なクズが、アメリカに大反攻をかけたのだから、まあ快挙といえば快挙じゃないか。何ごともやられっ放しは良くないもんな。

しかし先のことは分からない。将来、クズの根を掘って日本に輸出したいというチャレンジャーが、アメリカにも現れるかも知れない。あるいは彼の地で葛粉や葛根湯の商品化を始める者だって、出現しないとは言い切れない。何と言ってもビジネスに目がないアメリカ人だもの。いつか葛粉を使ったアメリカンスイーツや、葛根湯の新薬などが向こうで開発された日には、日本人もうかうかしていられなくなるだろう。



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Posted by 桜乱坊  at 18:25 │Comments(0)食べ物など

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