2012年12月10日
よくやったサガン鳥栖

2012年のJリーグはサンフレッチェ広島の初優勝で幕を閉じた。ペトロビッチ監督が数年来取り組んで来たパスサッカーが、森保監督になってついに花開いたという感じだが、それにしても毎年のように優勝チームが入れ替わるJリーグは、世界的にも珍しい“混戦リーグ”なのかも知れない。よく言えばどのチームにもチャンスがあり、悪く言えばドングリの背比べということだ。
プロ野球みたいにドラフト制度があるわけでもないのにこうなるのは、やはり有力選手が次々とヨーロッパのリーグに引き抜かれ、自然と戦力均衡が進んだせいなのだろう。お陰でビッグクラブはなかなか育たない。まあ日本らしいといえばそうなのだが、見ている分にはゴチャゴチャして面白いことは面白い。
そんな今年のJリーグの、サプライズの一つがガンバ大阪のJ2降格だとすれば、もう一つは間違いなくサガン鳥栖の大健闘ということになるだろう。とにかく今年の鳥栖の活躍は、スタンディングオベーションものだった。Jリーグウォッチャーでこれに異論のある人は、おそらくいないんじゃないのかな。
何といっても開幕前は、自慢じゃないが最下位候補ナンバーワン。年間予算がJ1最低クラスのそんな田舎クラブが、終ってみればなんと大企業をバックの柏レイソルや名古屋グランパスの上を行く5位だもの。これは大相撲でいえば新入幕のヒョロヒョロ力士が、巨漢たちを相手にケレン味のない押し相撲で二桁勝利を上げ、敢闘賞を受賞したようなもの。筆者をはじめ佐賀県人なら誰もがわが目と耳を疑い、次に「ようやった!」と拍手を贈ったはずだ。
なにより、鳥栖のサッカーは素晴らしかった。まず、自陣に引き蘢ってのカウンター狙いという“弱者の戦法”ではなく、運動量で相手を圧倒し、局地戦で数的優位をつくってボールを奪うと一気に速攻を仕掛ける正攻法が、スペクタクルで見ていて気持ちがよかった。そして、守るときは全員守備。J2時代から磨き上げたこのハードワーク戦法は、グレードアップすればJ1でも十分通用することを、今年の鳥栖はみごとに証明してくれたわけだ。チームの指揮をとった尹晶煥監督やコーチ陣には、心から敬意を表したいね。
もう少し頑張れば3位になって、来年のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に出場出来たのにという声もあるが、さすがにこれは少し欲張り過ぎだと思う。マークのきつくなる来年は、やはりJ1定着を第一目標にすべきだろう。リーグ戦の合間に中国・韓国・東南アジアなどのチームと、ホーム&アウェーで過酷な戦いを強いられるACLは、選手層の薄い鳥栖には荷が重すぎるはず。ヘロヘロに戦力を消耗して、仮にJ1をしくじるようなことがあれば、元も子もない。まずは、チームの体力を付けるのが先決というものだ。
しかし今年の鳥栖の躍進を見て、他のクラブはきっと不思議に思ったことだろう。確かにホームのスタジアムこそイケてるが、あんな人口7万の地方都市の貧乏クラブが、どうしてこんなに強くなったのか──? まあ、そりゃそうだ。なにしろメンバーはほとんどが無名選手ばかりで、多少とも名の売れた選手といえば今年の得点ランキングで2位になった豊田陽平か、横浜から期限付き移籍でやって来た水沼宏太くらい。強力なブラジル人助っ人もいなければ、監督だってまだ経験2年目の若い尹晶煥氏だし…。
まあ、無名選手を猛練習で鍛え上げるのが鳥栖のお家芸のように言われているが、似たようなことはJ2の多くのチームもやっているはずだ。そもそも懐事情の苦しい貧乏クラブは、そうすることでしか浮かぶ瀬はないのだから。では、なぜ近年の鳥栖が大きな成果を上げているのか? これは気になるところだよね。
答えはやはり「継続性」に尽きるのじゃないだろうか。そう、一貫したコンセプトの継続性だ。2004年から今年までの鳥栖の監督を見てみれば、9年間でわずか3人。2004年から2006年までの3年間と2010年の1年間、合計4年間の監督を務めたのが松本育夫氏なら、2007年から2009年までの3年間を指揮したのは岸野靖之氏。そして2011年と今年の監督が、前述した尹晶煥氏というわけだ。
特筆すべきなのは岸野氏も尹氏もともに長年、松本氏の下でコーチ業を叩き込まれた弟子筋だということ。つまり、二人は松本イズムの後継者なのだ。ハードワークで相手に走り勝ち、一気の速攻と全員守備をモットーとする鳥栖の戦法は、たとえ監督が交代しようが選手の顔ぶれが変わろうが、まるでDNAのように受け継がれ、血脈のように流れ続けて来た。この長期にわたるコンセプトの継続性こそが、現在の鳥栖の躍進を生み出した要因なのは、間違いないんじゃないだろうか。
今季のJ1やJ2を見ても、豊富な資金力を誇りながら成績の振るわないチームの特徴は、いずれも監督選びに一貫性がないこと。いくら金の力で他からビッグネームを連れて来ようと、監督が代わる度にチーム戦術がコロコロ変わるようでは、選手もついて行くのが大変だ。結果として毎年のように、監督の首のすげ替えとなってしまう。それを考えれば、資金がない故に監督も内部で育てるしかない鳥栖のやり方は、あんがいこれから地方の弱小クラブの目指すべき指針になるかも知れないな。