2020年10月31日
織田信長は丸顔か?

NHKの大河ドラマ史上、今年ほど災厄に見舞われた年もなかったはずだ。そう、長谷川博己主演で明智光秀の生涯を描いた『麒麟がくる』のことだ。なにしろスタートからして、エリカ様の薬物逮捕による突然の降板で、放送開始の延期が決定。エリカ様は斎藤道三の娘で後に織田信長の妻となる、帰蝶(濃姫)という重要な役だったから、彼女もエラいことをしてくれた。こんなことは、大河ドラマ始まって以来のことだったな。
しかし、そこは金に糸目をつけないNHK。すぐに代役に川口春奈を起用、エリカ様の出演部分を急遽撮り直して、わずか2週間遅れで放送開始という荒技を見せてくれた。主役の長谷川博己も抑制のきいた演技で、初回からクールな明智光秀を好演。役者たちの衣装が化学染料で染めたようなドギツイ色なのは気になるが、去年の『いだてん』で去った固定ファンも、今回は王道の時代劇ということで戻って来たんじゃなかろうか⎯⎯。そう思った矢先に、今度はコロナ騒ぎに巻き込まれたのだから、やっぱり今年の大河はついてない。
結局、6月14日から放送は休止となり、再開したのが8月30日。約3ヶ月のブランクが出来てしまった。おかげでもう11月だというのに、主役の明智光秀はまだ織田信長の家臣ではない。光秀という人物が歴史の表舞台に登場するのは、信長の家臣になってからで、それまでは地味な裏方的存在だった。つまり活躍するのは、ようやくこれからというわけ。そのため今年の大河の最終回は、特例で来年の2月7日になったそうだが、そりゃまあそうだろう。このまま例年通り12月で終わったら、あの世の光秀公から「ふざけるな!」とクレームがつくというものだ。
それにしてもこの大河、筆者にはいくつか気になることがあるが、その一つが織田信長役の染谷将太だ。なにが気になるといって、彼の丸い顔にどうも違和感があるのだ。しかもこの人、童顔でなで肩と来ている。筆者のイメージでは、織田信長に丸顔・童顔・なで肩は似合わない。戦国時代のカリスマ的革命児にして、自らを「第六天魔王」と名乗った信長が、こんな人の好さそうな丸い顔では困るのだ。3月1日の回で染谷信長が、漁師の格好をして初登場したときは、筆者にはどうしても浦島太郎にしか見えなかった。まあ、亀に乗ってなかっただけマシだったが…。
そういえばNHKは、1992年の大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』でも、同じく丸顔・童顔の緒形直人を起用したが、このときも筆者には違和感が大有りだった。もっとも緒形直人の場合は、カツラのおかげで多少は丸顔が補正されていたが、やはり童顔なのはどうしようもなかった。若いときの役は良いのだが、徐々に老け役になるにつれどうしても無理が出る。父親の名優・緒形拳は顎の張った野性的な顔だったのに、小顔の息子の方は母親に似てしまったのだろうか。遺伝というのは難しいねえ。
現存する織田信長の肖像画では、愛知県豊田市の長興寺のものが有名だ。他にも京都の大徳寺のものや、神戸市立博物館のものなどが知られている。それぞれ比べるとどれも似たような容貌だが、共通しているのは面長の瓜実顔に、大きな鼻と小さく引き締まった口元だ。同時代を生きたサル顔の豊臣秀吉や、太ってギョロ目の徳川家康の肖像と比べても、格段に整った顔のイケメンに描いてある。さらには品がある。妹のお市の方が絶世の美女と言われたことを考えても、信長はかなりの美男子だったんじゃなかろうか。
しかも『信長公記』に書かれた信長の言動や、肖像画に描写されたどこか酷薄で癇の強そうな表情からは、近寄り難いけど人間的魅力のある英雄気質の男が見えて来る。まあ、小さい頃から傍若無人に育った天才にありがちだが、やっぱりこういうタイプじゃないと世の中は変えられないよな。サラリーマン型や、八方美人のお人好しでは、平然と叡山焼き討ちなど出来るわけがない。そう考えると、やはり信長は丸顔の童顔ではダメなのだ。面長で立派な鼻梁を持ったイケメンで、マントの良く似合う長身痩躯のダテ男、こうでなきゃ。また、なで肩じゃ甲冑を着てもサマにはならない。
これまでNHKの大河ドラマでは、幾多の名優たちが信長役を演じて来たが、やはり丸顔の童顔は超少数派だ。古くは『太閤記』の高橋幸治に始まり、『国盗り物語』の高橋英樹、『徳川家康』の役所広司、『秀吉』の渡哲也、また『功名が辻』の舘ひろしに『軍師官兵衛』の江口洋介など、いずれも揃って背が高く、整った大人の顔をしたイケメンだった。しかも怒った顔が恐ろしい。これは織田信長という、時代の破壊者にして創造者のイメージを体現したものだろう。まあドラマだからステレオタイプに描く必要はないが、見た目がイメージとあまりに違いすぎると、視聴者は感情移入が難しい。これは役者の演技力では、どうにもならない部分なのだ。
などと勝手なことを書いたが、では筆者のイメージに最も近い役者は誰なのか? ここは基本に立ち返り、教科書でお馴染みの長興寺の肖像画にピッタリの人物を推したいね。それは『麒麟がくる』のナレーターを務める市川海老蔵だ。瓜実顔で整った目鼻立ち、時として狂気を帯びた目の演技もできる上、梨園育ちで立ち居振る舞いには品がある。若いときにヤバい事件を起こしたところも、信長像に通じるものがあるし、なんてね。ただしよく調べたらこの人、平成29年の『おんな城主直虎』ですでに信長役をやっていた。残念ながら筆者は、あの年の大河はスルーしたのだったな…。