2021年09月30日

それを言っちゃあおしまいよ



「酒の席で政治と宗教の話題はタブー」という忠告は、誰もが聞いたことがあるだろう。まあ、たしかに楽しいはずの酒の席で、マジメな顔をして無粋な政治や宗教の話をされると、そこには気まずい雰囲気が漂うものだ。なぜなら、政治的な思想信条や信じる宗教などは人によってマチマチで、絶対に譲れない一線というものを、誰もが心の中に持っているはずだから。なので、酔った勢いで説教がましいことを言ったりすると、長年の友人を失ったりする。それを言っちゃあおしまいよ、という奴だ。

筆者にも以前、20年来付き合った一人の東京の友人がいた。酒の好きな寂しがり屋だったが、ある晩、酔ったこの男から掛かってきた電話の相手をしているうち、話はしだいに政府批判の方にシフト。今日はしつこいなと少々辟易していたら、筆者の嫌いな政治家をベタ褒めし始めたので、ついにこちらもキレてとうとう大声を出してしまった。最後はなんとか双方丸く収まったはずだったが、感情のシコリは残ったまま。で、その友人との付き合いも、それっきりになってしまったというわけ。

酔いから覚めて向こうも後悔したろうが、かと言ってこちらから低姿勢に出る筋合いはない。以来、互いに意地を張り合った格好で、友人関係は終わりを迎えたのだった。筆者的にはもう何のシコリもないけれど、向こうも政治的スタンスは譲れないはず。つまらない話だが、大人同士の友情が壊れるときなんて、えてしてこんな風に、酒が絡んだ些細なことから始まるのかもしれないな。やっぱり人間、飲んでも慎みを忘れちゃいけないよね。

酒といえば、映画の世界でも有名な話がある。三船敏郎と仲代達矢の二人は、黒澤明の映画でもたびたび共演した名優どうしだが、ある事件をきっかけに不仲になったと言われている。それは五社英雄監督の、『御用金』という時代劇映画の撮影中のこと。主演の仲代は共演してくれた先輩の三船に気を遣い、ロケ先の宿で毎晩のように酒の相手をしたという。ところが普段はマジメで繊細で良い人なのに、酔うと乱れるのが大スター・三船の悪いクセなんだとか。

ある晩、飲みながら演劇論や監督論を語り合ううち、酔った三船が仲代の恩人のことを口撃したからさあ大変。キレた仲代はとうとう手にした台本を、三船に投げつけてしまった。烈火のように怒った三船は宿を飛び出し、翌朝の一番列車で東京に帰ってしまったという。結局、三船が撮影に戻ることはなく、彼の役は中村錦之助がなんとか引き受けて、映画は無事に完成した。ところが公開されたこの映画が大ヒット、その興収で撮影の中断による損害を取り戻したというから、世の中は皮肉に出来ている。三船と仲代はその後手打ちをしたようだが、二人が共演することは二度となかった。なんだかもったいない話だ。

そういえば、『たかじんnoばぁ~』というテレビ番組の収録中に大喧嘩をしたのが、司会役の大阪の人気タレント・やしきたかじんと、ゲストの江戸っ子落語家・立川談志。ともにプライドの高い東西の才人どうしだ。この番組は、バーのマスターのたかじんが酒を出しながら、ゲストの話を聞き出すというもの。毒舌で鳴らした二人がうまく噛み合えば、それまでにない面白いトークが広がったはずだったが、結果は悪い方に出てしまった。まあこれ、初めから無謀な企画だったのかもしれないが…。

なにしろ、たかじんは自称〝大の東京嫌い〟で知られ、一方の談志師匠は東京の落語界でも型破りの男。トラとライオンを同じ檻に入れたようなもので、二人は酔いが進むにつれ徐々に険悪ムードに。始まった下ネタトークに、談志が「品のねえ番組だなあ」とケチをつけると、たかじんが「なんやねんコラァ!」と激昂。まるで映画の『アウトレイジビヨンド』みたいな、関東弁と関西弁の罵り合いに発展したあげく、たかじんが灰皿を投げつけて収録は中止になってしまった。やっぱり、モノを投げつけちゃあおしまいよ。これなども酒のせいで二人は、せっかくの出会いをフイにしたことになる。

もっとも、台本や灰皿を投げつけるうちはまだ良いが、これが昔の武士の喧嘩ともなると相当にアブナイ。なにしろ、双方が腰に刀を差している。『決闘!高田馬場』で有名な歴史上の事件も、もとはといえば伊予・西条藩の菅野と村上という、二人の武士の酒の席での口論から始まったようだ。「決闘だ!」ということになったが、当時はその場に助っ人を頼むのは普通のこと。味方の少ない菅野のため助太刀したのが、同じ堀内道場に通う剣客・中山安兵衛だった。つまり二人は同門の間柄。安兵衛はこの決闘で、当事者の村上を始め3人を斬ったといわれているが、お陰でのちに赤穂藩の堀部家の婿養子に迎えられ、堀部安兵衛として『忠臣蔵』のスターの一人となった。

この話は当時、よほどセンセーショナルな事件だったと見え、瓦版では尾ひれがついて「18人斬り」と喧伝されたり、後世の芝居などで様々に脚色されたりしている。有名なのが、菅野が安兵衛に助太刀を頼みに行った際、留守だったので書き置きを残して決闘の場へ赴くというもの。酒好きの安兵衛が酔っぱらって帰宅してこの文を読み、大急ぎで高田馬場に駆けつけるという、まるで『走れメロス』のようなストーリーになっている。「ばあさん、水だ、水をくれ!」は、三波先生の歌謡浪曲の名セリフだ。ここでも酒が物語の重要なカギになっているが、やっぱり良くも悪くも、人間のドラマには酒というものが不可欠なのだろう。ただし、飲んで乱れるタイプはご用心。  


Posted by 桜乱坊  at 12:00Comments(0)食べ物など