2020年01月30日
どうなるオリオン座?

晴れた冬の夜空は星がよく見える。筆者のように東京から田舎の佐賀に帰って来た身には、その美しさがつくづく感じられる。なんたって東京の市街地は夜でも光であふれ返り、道路の街灯も店々の照明も目に痛いほど。まあ、東京のナイトライフは楽しいもんな。だが、おかげで夜空などはとっくに失われ、誰もが星を見上げることを忘れてしまう。その点、右も左も夜が真っ暗な佐賀では、星空の美しさが改めて実感出来るってわけだ。
ところがいま、この冬の夜空で大変なことが起きようとしている。何かといえば、あのオリオン座だ。星座の中では最もポピュラーで、オリオンのベルトに当たる三つ星は、天体ファンならずとも容易に見つけられる。この誰もが知っているはずのあのオリオン座で、大異変が起きるのではと言われているから、筆者も心穏やかではない。なにしろ困るのだ。むかし小学校の理科の時間に習ったことが、これから大きく変わるかも知れないのだから…。
オリオン座といえば、前述したようにまず三つ星。ギリシャ神話の狩人・オリオンのベルトとされるこの三つ星を中心に、上に2つ下に2つの明るい星があり、上の2つは両肩を下の2つは両脚を表すという。つまりそれらの分かり易い形状で、オリオン座はわれわれに親しまれている。で、上下2つずつの星のうち、左上の赤い星が「ベテルギウス」、右下の青い星が「リゲル」と、筆者は理科の授業で習った記憶がある。小学生のときに習ったことは、いくつになっても覚えているもんだ。
ところがこの赤い星「ベテルギウス」が、昨年の10月から急速に暗くなり始めたという。いや、確かに暗いのだ。おいおい、いったいどうしたの? そこで科学者の間で囁かれているのが、間もなくこの星が超新星爆発を起こして消滅するのでは、ということらしい。オリオンの肩の片方が消えてしまえばエライことで、これは天体観測史上の大事件。オリオンがオリオンじゃなくなるのは、プロ野球のオリオンズがマリーンズに改名した以上の衝撃だろう。しかしこれ、人類の手で簡単に修復出来るような話じゃないものなあ。
そもそもこの「ベテルギウス」が赤いのは、この星が「赤色巨星」という巨大な星だから。赤色巨星とは、太陽のような恒星が一生を終えようとするときの姿で、終末が近づくと徐々に膨張して巨大化し、最後には超新星爆発を起こし完全消滅するという。どれだけ巨大かというと、仮にこの星を太陽系の中心に置いたとすれば、木星あたりまで包まれてしまうというから、想像を絶する話だ。死期が近づき体が巨大化するのは、なんだか食い道楽の大金持ちみたいだが、人間の場合はそこで病気になり、最後はげっそり痩せてしまうのが悲しいけどね。
また、色が赤いのは温度が低いからで、高温の星ほど「リゲル」のように青く見えるそうだ。これはガスバーナーの炎の色をみれば、素人でもだいたい想像がつく。つまり「ベテルギウス」は、ガス欠寸前で温度が上がらない星。それが寿命を迎え超新星爆発を起こすと、一時的に温度が急上昇して青く輝き、その光は満月のおよそ100倍になるという。なにしろ、この光は昼間でも肉眼で見られるらしいので、これはもう数世紀に一度の驚異的な天文ショーだ。しかも、3ヶ月くらいは空で輝き続けるというから、まさにSF映画の世界じゃないか。
鎌倉時代初期に活躍した歌人で、「小倉百人一首」の選者として知られる藤原定家には、『明月記』という日記がある。この人は天体観測に詳しかったようだが、なにしろ当時の天変は凶事の前兆。日記には陰陽師・安倍泰俊に調べさせた過去の記録として、3例の「客星(超新星爆発)」についての記載があるそうだ。中でも天喜2年(1054)に、おうし座付近に出現した客星の記録は、後にイギリスの天文雑誌に掲載され、学者により超新星爆発だったと認められたという。かに星雲というのはその残骸らしい。さすがは筆マメな藤原定家だが、こういう事象はむかしからあったんだな。
しかしこうなると、この「ベテルギウス」のショーを早く見てみたくもなる。だが、それって地球に影響はないのだろうか。ハリウッドのSF映画だったら、NASAを中心に人類を守るための大プロジェクトが始まりそうだが、どうやらその心配は無用らしい。そもそもこの星は、地球からおよそ640光年先という比較的近距離にあり、以前は爆発によるガンマ線が地球を直撃するのでは、と考えられていた。だが最近の観測データで、直撃コースから外れていることが分かりひと安心。それにしても640光年とは、光が届くまでに640年ということだから、ショーが見られる頃にはこの星は、とっくのむかしに消滅しているわけだ。
もっとも、この星は明るさが常に変動する「変光星」で、現在の暗さもさまざまな要因が重なった結果、という説もある。つまり、いつものクセというわけ。なので当分は爆発しないのでは、と考える学者もいるようだ。なんだか“やるやる詐欺”みたいな話だが、むろん誰が悪いというわけではない。筆者的には、数世紀に一度の天文ショーを見たい半面、オリオン座のシンボルを失うのは残念な気もするなあ。子供の頃から馴染んだ、あの分かり易い形が夜空から消えてしまうと、やはりちょっと寂しくなるんじゃなかろうか。