2017年08月17日

メールは名古屋弁で



「やっとかめだなも!」。これは名古屋出身の友人と、筆者がメールを交わすときの最初の言葉だ。名古屋弁で「久しぶり!」という意味らしいが、面白いので筆者はいつもこれを挨拶代わりに使っている。「やっとかめ」の語源は「八十日目」や「約十日目」などと言われ、つまり「ずいぶん日にちが経ったね!」ということのようだ。言われてみれば、なんだそうか!と納得出来るが、他県の人にはチンプンカンプンだろう。まあことほどさように、名古屋弁は愛すべきユニークな方言なのだ。

そこで思い出すのは、昨年のNHK大河ドラマ『真田丸』。これに登場したのが小日向文世演じる豊臣秀吉と、鈴木京香演じる寧(北政所)の夫婦コンビだった。ともに尾張生まれのネイティブスピーカーで、行き交うセリフもコテコテの名古屋弁という設定が面白かったね。秀吉が外様武将を味方につけるときの「力になってちょ〜!」という殺し文句や、おっとりした寧の「あんた、〜だがね」という糟糠の妻ぶりなど、大いに楽しませて貰った。そこには、田舎侍から苦労して成り上がった夫婦という二人の境遇が滲み出ており、これが普通の時代劇風言葉だったら、このドラマの面白さは半減していただろう。

名古屋弁でよく使われる「みえる」という言葉がある。といってもこれ、われわれが普段使う「見える」ではない。「いらっしゃる」という意味の敬語なのだが、使い方がちと独特なのだ。例えば「先生がみえる」と言えば、普通は「先生が(こちらへ)いらっしゃる」という意味になる。ところが名古屋では「先生が(そこに)いらっしゃる」という意味でも使うようだ。電話で「先生はみえますか?」と尋ねるのは、「先生はご在宅ですか?」の意味になり、先生がこちらへやって来るわけではない。なんか、ややこしいんだよな。

そういえば以前、筆者が名古屋のある観光施設に行ったとき、そこを管理しているオジさんにこう尋ねられたっけ。「どちらに行ってみえたの?」。これには思わず返事に詰まったね。行ってみえた──はてこれはどういう意味か。どこへ行って、何を見たとオレは答えればいいのだろう。答えないとヤバいのかな、これは…? しばらく考えて、どうやら相手は「(他に)どちらに行ってらっしゃったんですか?」と、気軽に声を掛けたらしいのに気付いたが、あれは通り過ぎてからずいぶん後だったもんな。今から考えればオジさんに、ちと失礼をしてしまったと筆者は後悔している。

思えば、名古屋弁のユニークさが日本中の話題になったのは、ずいぶんむかし、タモリがラジオの深夜放送でネタにしたときだった。それは、名古屋弁の語尾に「〜みゃあ」とか「〜りゃあ」という響きが多いのを揶揄したものだったが、言われてみれば確かにそうなのだ。「お前さん」は「おみゃあさん」になり、「行こう」は「行こみゃあ」となり、「鶴舞公園」が「つるみゃあ公園」となる。これだけでも楽しいが、さらに「どえらい」が「どえりゃあ」になり、「暗くて危ない」は「くりゃあであぶにゃあ」となり、タモリに言わせれば「海老フライ」が「海老フリャア」になるのだから、名古屋はどこへ行っても「みゃあ」とか「にゃあ」とか、ネコの鳴き声で溢れていることになる。

ちなみに筆者が、かの友人とのメールで愛用するのは「どえりゃあ」で、例えば「今日はどえりゃあ暑うてかんわ」という具合に使う。「今日はえらく暑くてかなわんよ」という意味だが、名古屋弁で表現すると何となく庶民的で、ユーモラスに聞こえるところが素晴らしいよね。シリアスドラマで「大変な事をしてしまった」と言うところも、名古屋弁で「どえりゃあ事をやってまった」と言えば、何となくコメディ風に聞こえるから不思議なのだ。しかもこれを、独特の牧歌的なイントネーションで告白されたら、たいていの事件は「しゃあにゃあ(しょうがない)」と笑って済ませたくもなるってわけ。

あと筆者が好きなのは、大河ドラマの秀吉も使っていた「〜してちょ!」という、愛情を込めた懇願の言葉。本来はこれ、「〜してちょうでゃあ(頂戴)」や「〜してちょうせ」を簡略化したものらしいが、何といってもこの方がインパクトがあって良い。「体に気を付けて下さい」と相手を気遣う場合も、親近感を込めて「体に気い付けてちょ!」とやれば、心がグッと伝わるというものだ。他に「お金貸してちょ!」とか「◯◯を送ってちょ!」とか、厚かましい依頼などにも使えるが、ただしこれを乱用するのは控えたい。やはり親しき仲にも礼儀ありで、「頑張ってちょ!」とか「大事にしてちょ!」など、もっぱら相手を労る場合に使うのが最適じゃなかろうか。

そして、文の末尾は結局「〜だがね」で締めることになる。便利な言葉でこれを語尾に付けると、どんな駄文も何となく名古屋弁らしくなるからあら不思議。「味噌煮込みはやっぱり名古屋だがね」とか「トーストに塗るなら餡子だがね」など、オバさんの井戸端会議風に使うのがコツなのだが、書いているとつい仕草までオバさんっぽくなってしまうので困る。向こうでは「〜だがや」も同じ意味で使うようだが、筆者的には「〜だがね」の方が親近感があって好きだなあ。

と、ここまで書いて来たけれど、これはあくまでわが友人と交わすメールの中での話。実際の名古屋人はきっと、「そんな言葉、今どき使っとる奴おらんて」と言うかも知れないな。まあ、方言とはドンドン変化して行くもの。洋食のトンカツと八丁味噌が邂逅して味噌カツが生まれたように、名古屋の言葉も東の東京・西の大阪の影響を受け、日々生まれ変わっているのだろう。なんたって東京と大阪は日本の文化の二大発信地で、間に挟まれた名古屋はどうしてもやや影が薄い。しかし、そのユニークさは捨て難い。だからこそ筆者は、この愛すべき名古屋弁の濃い味わいに、つい惹かれてしまうってわけだがね。  


Posted by 桜乱坊  at 17:28Comments(0)身辺雑記