2015年08月11日

日本の夏に「冷や汁」



年々暑さが増して行くような日本の夏。一日の最高気温が35℃を超える猛暑日がこう連続すると、さすがに誰もが地球温暖化の現実を認めざるを得ないだろう。この勢いのまま進めば10年後、20年後の日本の夏はいったいどんなことになるのやら。気温40度超えは当たり前、熱中症の死者などはもはやニュースじゃない──。そんな時代がすぐにやって来るのだろうか? ちょっと恐ろしい気がするなあ。

しかしこう暑いと、ふつうなら食欲が落ちて夏痩せするものだが、そんな傾向がまるでないのがわが肉体の恐ろしさだ。だいいちTシャツなんか着ると、この出っ張った腹の目立つこと。そのむかし、映画『欲望という名の電車』に出ていた若き日のマーロン・ブランドの、ピチッとしたTシャツ姿はセクシーで格好良かったが、あれとはえらい違いだ。もっとも、これは明らかに比較する対象が間違っているけどね。

で、こんな暑いときに筆者が思い出すのが、かつて宮崎でよく食べた「冷や汁」の味だ。いや、とにかくあれは美味かった。特に酒を飲んだ後、最後の締めにこいつをサラサラッと流し込むのが、もう病み付きになるほど堪らなかったな。ただし「冷や汗」は知っていても、「冷や汁」は知らないという人は世間に多いはずだ。両者はよく似た字だが、その実体は天と地ほども違う。「冷や汁」を知らないまま年を取るのは、人生の「冷や汗」ものだと筆者などは思うのだが、言い方がちょっと変だろうか?

「冷や汁」は宮崎県の郷土料理の一つで、特に暑い季節なんかにはもってこいの食べ物だ。まあ一言でいえばローカルな汁掛け飯なのだが、意外に簡単に作れるところが便利なので紹介したい。作り方はまず、から煎りしたいりこと胡麻をすり鉢ですりつぶし、これに麦味噌を入れてよく混ぜる。つぎに、出来たものをフライパンなどで香ばしく焼き、すり鉢に戻して冷たいだし汁を掛けよく溶かす。これに薄く切った胡瓜や紫蘇、ネギなどの薬味を浮かべ、冷蔵庫でよく冷やしておく。

食べるときは、おタマで掬って温かいご飯に掛けるだけ。早い話が宮崎のファストフードだ。だが食欲のないときやお酒を飲んだ後などでも、こいつをサラサラッと豪快にかき込むと、驚くほどいくらでも腹に入って行くからアラ不思議。とにかく味噌の香りと出汁のうま味と薬味の刺激が、ご飯の甘さと混じり合い口の中に広がった後、喉を一気に滑り落ちて行く感触は他に例えようがない。ああ、快感だ! また熱いお茶漬けなどと違い、胃袋を適度に冷やしてくれるので、食後感もスッキリ爽やかなのが良い。

筆者など若いころ宮崎に出張すると毎晩、ホテルの近所の飲食街で飲み歩いた後、最後は必ずこれを注文して食べたものだ。で、あるとき仕事先で地元の人に昨夜の「冷や汁」が美味かったという話をすると、「そこに豆腐ば手で潰して入れると、うまかですよ」といわれたことがあったな。すると、そばにいたもう一人が「いや、入れん方が良か」と反論して、意見が分かれたことがあったっけ。まあ取っ組み合いのケンカにはならなかったが、きっとこの「冷や汁」は宮崎の各家庭ごとに作り方が微妙に違うのだろうな。筆者的には豆腐も悪くないと思うのだが。

そういえばだいぶむかしにテレビで、山で修行をする山伏を追跡取材した、ドキュメンタリー番組を見たことがあったが、このときの彼らの山中での食事も筆者の記憶に残っている。弁当箱には白飯に漬け物、そして携帯した味噌を山の清水で解いただけの味噌汁。だが、そのとき彼らが話していた「清水で溶いた冷たい味噌汁が喉を通る味は、他の何ものにも代え難い」という言葉は、その嬉しそうな笑顔とともに深く印象に残っている。厳しい修行の合間に、ひとときスーッと心と体を癒してくれる冷たい味噌汁の味は、きっと山伏さんにとって最高のご馳走だったのだろう。

まあ考えてみると、筆者らはふつう味噌汁というと温かいスープを連想するが、あんがい冷水で溶いた味噌汁も捨てがたい味がするものだ。ネットで調べてみるとこの冷たい味噌汁、意外に夏向けの郷土料理として全国各地にあるようだ。ただし肝要なところは、これらが「冷めた味噌汁」ではなく「冷たい味噌汁」だということ。つまり、すっかり熱が冷めて具もスープもグッタリした味噌汁ではなく、最初から新鮮な具材と生の味噌を出汁入りの冷水で溶いた味噌汁だ。これはご飯やソーメンとの相性も良さそうで、夏の食卓にはピッタリのような気もするな。

そこで今回は特別サービスに、筆者のとっておきの「オリジナル冷や汁」の作り方をご紹介したい。なあに本物の「冷や汁」よりさらに作り方は簡単で、その割りにビックリするほど美味いから読めばお得だ。まず丼に温かいご飯を盛る。次にその上に指で握り潰した豆腐、細かく切ったキムチ、身をほぐした缶詰のシーチキンを適当にちらし、最後に出汁入り味噌を冷水で溶いて上から掛ければ一丁上がり。好みで七味唐辛子などを振るのもいいだろう。これをジャブジャブかき混ぜて、サラサラッと口の中にかき込めばもう気分は最高だ。

何といってもこれ、信じられないほど作るのが簡単な上、材料はすべて近所のコンビニで調達可能なのが特長。なので別名「コンビニ冷や汁」とも言う。ちょっと貧乏臭いのが玉にキズだが、むかし筆者が発明したこのオリジナル冷や汁、食欲のない暑い日などには最適の一品だ。やっぱり味噌と冷水とご飯というこの3点セットは、塩分・水分・エネルギーを補給する上で、日本の夏の最強トリオと言えるんじゃないのかな。  


Posted by 桜乱坊  at 18:54Comments(0)食べ物など