2023年04月30日
蔦屋重三郎、待ってました!

聞くところによれば、NHKが2025年に放送する大河ドラマの概要が発表されたようだ。タイトルは『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~』で、主人公は「蔦重」こと蔦屋重三郎だという。蔦重といえば18世紀後半の江戸で敏腕をふるった、出版プロデューサーとして知られている。筆者はこういう企画を待っていた。NHKの大河ドラマが、ようやく江戸文化にスポットを当ててくれるのなら、諸手を挙げて歓迎したいね。
なにしろ最近の大河ドラマは、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などが活躍する「戦国モノ」か、幕末から明治維新にかけての動乱を描いた「幕末モノ」の繰り返し。たぶん、ファンの多くは食傷気味だったはずで、筆者も今年の『どうする家康』は初回からパスしている。そりゃあ、毎度出てくる人物が被っているのだから、話がマンネリ気味になるのも当たり前だ。遅ればせながらそれに気づいたNHKは、2024年の大河ではついに「平安モノ」をやるらしい。
『光る君へ』と題されたこのドラマは、平安時代中期を舞台にした、あの紫式部が主人公の物語のようだ。まあ「平安モノ」も新味があって悪くはないと思うが、どうもこれは恋と嫉妬と陰謀が渦巻く、女性向け宮廷ドラマの匂いがするなあ。筆者はこの手のものが苦手で、実を言うと『源氏物語』もまだ読んだことがない。男も女も化粧をした平安貴族の世界は、想像しただけでも何となく居心地が悪いのだ。なので、たぶん間違いなく来年もパスすることになるだろうね。
そうなると、2年の空白期間をおいて登場する2025年の『蔦重』に、筆者の期待は高まるというものだ。なにしろ江戸の町人が主人公の大河ドラマなど、初めてではないだろうか。それだけでも画期的だが、何より嬉しいのは江戸の出版文化に光が当たること。とにかくこの18世紀後半は錦絵のほか、洒落本に狂歌本、黄表紙などといった大衆向けの娯楽本から、有名な杉田玄白らの『解体新書』といった学問書、実用書、文芸書のたぐいまで、実に多種多様な出版物が世に出た時代なのだ。そこには、きらめくようなタレントたちの存在があったはず。当時の江戸も現代の東京も、全国から集った才能が交差する場所にかわりはない。
蔦屋重三郎はその中で、鶴屋喜右衛門と並ぶ出版プロデューサーとして、大きな足跡を残した人物なのだ。もしもこの蔦重がいなかったら、喜多川歌麿や東洲斎写楽の浮世絵も世に出なかっただろうし、人気作家・山東京伝のベストセラーや、大田南畝による狂歌ブームも生まれなかったかもしれない。また彼は、後にビッグネームとなる、若き曲亭馬琴や十返舎一九、葛飾北斎などの面倒も見ている。さらには平賀源内とも交流があるなど、蔦重の周辺は驚くほど多士済々だ。まるで「江戸文化の宝石箱や~!」じゃないか。いや、その求心力には感心する。
しかし、この時代は面白い。江戸で出版ビジネスが大盛況だった頃、上方でも上田秋成が筆者の好きな名作『雨月物語』を書いているし、伊勢松阪ではあの本居宣長が活躍している。秋成と宣長はたびたび論争などもしているのだ。蔦重は松阪に宣長を訪ねたこともあるようなので、東西文化の交流もきっと盛んだったことだろう。かつては江戸時代といえば、身分差別の厳しい暗黒時代だったと、学校などでも教わった記憶があるが、実際は違ったはずだ。識字率が高く、自由なユーモア精神にあふれ、知的好奇心旺盛な庶民がいなければ、こうした出版文化の隆盛はあり得ないもんな。
ところで誰もが心配するのは、「戦国モノ」や「幕末モノ」のような合戦シーンがない大河が、はたして盛り上がるのかと言うことだろう。まあ、その心配は筆者にもよく分かる。なにしろ舞台は、平和が続く江戸時代の中期だ。しかも、登場するのは言わば市井の文化人たち。「赤穂事件」や「め組の喧嘩」のような、派手な乱闘場面もありそうにない。なので、話の筋としてはたぶん若い蔦重の成長物語に、彼を取り巻く多士済々の人間たちが複雑にからむ、群像劇みたいな感じになるんじゃなかろうか。後半はそこに、幕府の権力者・松平定信による弾圧が襲いかかる、というような…。おお、それだけで何となく面白そうじゃないの。
調べてみると、蔦重は吉原遊廓の生まれ。若いうちに貸本屋を開業し、24歳で『吉原細見』というガイドブックの編集者に就任した、つまり〝吉原情報〟のプロフェッショナル。そこから版元となって出版業界に乗り出し、以後は浮世絵に狂歌本に黄表紙にと、時代の先端をゆくヒット作を次々と生み出している。この男、きっと庶民のニーズを読む目に長けた、一流のプロデューサーであり文化人だったのだろう。だが残念なことに脚気により、47歳の若さで寛政9年(1797)に死亡。ビタミンB1を早くから摂っていればと惜しまれるが、まあ今となっては詮ないこと。2025年に蘇る蔦重の活躍を、筆者も今から楽しみに待ちたい。
この記事へのコメント
ブログ拝読しました。近年というか、ずっと以前から大河ドラマはおっしゃる通りつまらないです。今の「どうする家康」は「さあ、どうする」と言われても、歴史でどうなるか決まっているので面白みがなくて、ほとんど視聴していません。それよりか市井にいた文人を掘り起こして面白く脚色して放送した方が視聴率も稼げると思います。もっとも日本放送協会は視聴料を徴収するのでコマーシャルの心配はなく、視聴率なんて気にしないかも知れませんね。無名の人の伝記が多く残っています。それに有名人をフィクションで絡ませれば面白い大河ドラマになるかも知れません。
Posted by 桜田靖 at 2023年05月02日 11:17