2012年02月06日
皮肉の利いた『ロボジー』

「ロボジー」と聞いて、テクノロジーとかバイオロジーの親戚を連想したら、大きな間違い。正しくは「ロボ爺」と書くのだろうが、つまりはロボットの着ぐるみの中に入る爺さんのお話…。そんな奇妙な映画、矢口史靖監督の「ロボジー」を観て来た。筆者は奇妙な映画が大好きなのだ。
白物家電メーカー・木村電器の社員である小林・太田・長井は、社長の無理な命令で、ロボット博に出展するための二足歩行ロボットを開発中だが、期限まであと一週間というところで試作機「ニュー潮風」が大破。困った三人はロボットの着ぐるみでごまかそうと、中に入る人物を選ぶためオーディションを行う。で、選ばれたのが独り暮らしの不平爺さん、鈴木。体形と腰痛持ちの歩き方が、ロボットにピッタリだったのだ。
爺さん扮するロボットはスムーズな動き(そりゃそうだ)で無事、ロボット博を切り抜けるが、そのとき偶発事故から救った女子大生・葉子に、今度はつきまとわれるハメに。葉子は熱烈なロボットオタクで、かつデキる工学生だったのだ。おまけに「ニュー潮風」が評判となり、鈴木のお座敷が増えるという予想外の展開で、今度は図に乗った爺さんの横暴がヒドくなって行く…。
ここまで書いただけでこの映画、何となくニヤニヤしてしまうほど。とにかく意外な展開の連続で、話が転がるように進んで行くのだから面白い。流行に便乗しようとする調子のいい家電メーカーの社長に、徐々に身勝手ぶりを増大させて行く不平爺さん、さらには鉄砲玉のような女子大生がそこに加わり、振り回される三人の社員の困り果てた姿がたまらなく可笑しい。ある意味、これは“サラリーマン哀歌”ともいえそうだ。
だがこの映画の魅力はまず、着想の奇想天外さにあるのだろう。何といっても、時代の先端を行くヒト型ロボットと、時代から取り残された爺さんを組合せるという、そのアイデアが素晴らしい。腰痛持ちの爺さんがロボットに入り、歩く姿を想像するだけで、誰もがきっと笑ってしまうもんね。もっとも腰を落とした両者の歩き方は、よく見れば元々とても似ているのだが…。
しかも主人公の不平爺さんを演じるのが、新人・五十嵐信次郎ときている。だが、これはただの爺さんではない。何を隠そう元祖ロカビリー歌手で、かつ作曲家にして怪優さらには落語家、おまけにライダーとしても知られる、あのミッキー・カーチスの別名なのだ。人を食った演技はお手のものだが、主人公のキャラクターにこの人の地がよくマッチしていて、とにかく楽しい。エンドロールに流れる「ミスター・ロボット」では、自慢ののども披露しているしね。
ところどころ強引な筋の運びもあるが、これは全体でみれば最後まで楽しめるコメディ映画の佳品だろう。しかも面白いだけじゃなく、ヒト型ロボットの開発に血道を上げる日本人の滑稽さに、けっこう痛烈な皮肉をカマしてもいる。外国人がこの映画を観たら、きっとゲラゲラ大笑いをするんじゃないだろうか。冷静に考えれば、ロボットに二足歩行をさせ踊りを踊らせて悦に入っている人間の姿は、マンガそのもののはずだものな。
そういえば日本が誇るヒト型ロボットは、現実に起きた福島の原発事故現場では、屁の突っ張りにもならなかった。この国では人間そっくりのロボットを作ることと、人間の役に立つロボットを作ることは、まるで別方向を向いているようだ。筆者にはヒト型ロボットなどよりこれからは、老人パワーを有効活用した方がはるかにマシ、とこの映画が言っているように思えた。