2020年04月29日
ネットで芝居を観る時代

この前、筆者は素晴らしい舞台を鑑賞した。演目は市川猿之助主演の『スーパー歌舞伎2・新版オグリ』。しかもこれ、劇場ではなくYouTubeの無料動画で、自室の椅子にくつろいでチョコレートを食べながらだ。おまけに超高画質でカメラワークも文句なし。大画面で見ると、まるで自分が実際に劇場にいるような錯覚を覚えたね。こんな贅沢な環境で、スーパー歌舞伎のフルバージョンを見られるのだから、まさにYouTubeさまさまというものだ。
これは京都南座で収録したものだったが、なんと客席を見ると無観客。実は3月に公演する予定だったこの舞台、新型コロナウイルスの感染予防ということで中止になり、その代わりにと松竹チャンネルがネットユーザー向けに録画して、特別に無料配信してくれたものなのだ。何とまあ嬉しいサービスじゃないの! 佐賀のような田舎に暮らす人間にとって、ナマの観劇のチャンスは滅多にないこと。その意味では英断をしてくれた松竹に、筆者も感謝しなけりゃいけないな。
実は筆者はウン十年前に東京の新橋演舞場で、先代の市川猿之助が演じた『オグリ』を観ている。あのときの先代の見事な演技や舞台の美しさは、今でもまぶたの裏に焼き付いているが、思えばあれから幾星霜、出演者の顔ぶれもすっかり入れ替わっていた。病で倒れた先代の跡を甥っ子の市川亀治郎が継ぎ、四代目猿之助として今回は先代に劣らぬ熱演を見せてくれた。しかも舞台の美術や仕掛けも、随分とバージョンアップ。舞台の中から滝のように水が噴き出す演出などは、筆者も思わず目をシロクロさせてしまったね。
松竹はこの『新版オグリ』の他に、歌舞伎座での「三月大歌舞伎」も配信してくれて、筆者はつい先日その中の『伊賀越道中双六』を観たばかり。こちらも無観客だというのに、主演の松本幸四郎と松本白鸚が、親子で素晴らしい熱演を見せてくれた。考えてみれば無人の客席に向かって芝居をするのは、役者にとってある意味では拷問のようなもの。なのに、そのやりにくさを毛ほども感じさせない彼らの演技に、筆者はすっかり魅せられ、そのプロ根性に終始圧倒されたのだ。そしてつぎは、本物の舞台を観たくなったのだった。
だがこうした舞台が、テレビのBS放送などではなくYouTubeで配信というところに、筆者は時代の大きな転換を感じたね。そう、もうNHKなどのテレビ局に頼らずとも、舞台の運営会社が自前で映像を制作し、ネット放送でストレートに観客に提供することが出来るってわけ。しかもネットの良いところは、誰もが自分の好きな時間に、好きなコンテンツを選んで観られること。もう番組表を片手に、テレビの前で待つ必要はないのだ。おまけに長丁場の3時間の舞台でも、ネットなら映像を一時停止さえすれば、自由に休憩時間もトイレタイムも設定出来る。テレビでは絶対こうは行かないものな。
こうなるとエンタメ系のコンテンツは、ネット配信の方がはるかに有利になる。エンタメの演者側が自前の映像を直接届けるわけだから、言ってみれば産地直送みたいなもの。間に入って商売していたテレビ局は、不要になった商社のようなものだろうか。もっとも、マルチカメラで高画質映像となると、松竹のような大手じゃないと制作は難しいが、小さな小屋でやってる劇団などは、凝った手作り映像で勝負することも出来る。ネットの中では大手も小劇団も平等なのだ。だいいち、公演の終わった舞台などは形に残らないので、映像として記録しネットで配信すれば、劇団としての宣伝にもなるというもの。
聞くところでは現在、演劇をはじめ寄席やコンサートなど、会場に人を集めてナンボというエンタメ商売は、コロナウイルス感染予防のため、軒並み休止状態だという。これは観客もツライが、演者や興行者側にとっても大打撃。予定していた舞台がキャンセルになって、身を持て余している役者さんや歌手・芸人さんも多いことだろう。そんなときこそYouTubeだ。ここは自己発信のチャンスと発想を切り替えて、自前で映像を作りどんどん配信してみたら良い。そこでいろんな実験もやれば良い。なあに、もうテレビなんかに頼る時代じゃない。選べるコンテンツが増えることは、ネットの観客も大歓迎なのだから。
この記事へのコメント
なるほど、ユーチューブで京都南座の芝居を観賞するのも悪くないですね。とにかくステイホームとお触れがあっては、強制ではないにしても、買い物、散歩以外の外出は周囲の目が気になるものです。嵐が過ぎるのを待っている感覚になっています。ところで、「葉隠研究」も編集会議など自粛ムードで遅れたようです。今月(五月半ば)には送付できるとのことでした。葉隠をテーマにした「甲斐の青山」を編集員の方々に喜んでいただけたようです。これも、桜乱坊さまのお陰で書けました。皆様に感謝しかないです。ここで、質問するのもなんですけど、幕末の小城の武家屋敷に「辰巳」という苗字はあるでしょうか?以前に頂いた小城の幕末の地図には「辰巳」という名は見つかりません。小城藩の藩金御用達の身分と本に書いてありますが、地図上に辰巳家がないので疑問符なのです。
Posted by 桜田靖 at 2020年05月06日 11:26