2019年02月28日

指揮者という大変な職業

指揮者という大変な職業

先日、佐賀市文化会館の大ホールで開かれた、クラシックのコンサートに行って来た。その日は、佐渡裕指揮の日本センチュリー交響楽団の公演だったが、筆者にとっては久しぶりの生オーケストラ。生きた人間たちの奏でる本物の音を、音楽ホールの椅子にもたれて聴くと、やはり感動も倍増するというものだ。なんたって普段、我々がイヤホンで耳にしているのは、電気信号を空気振動に変えただけの、音の“そっくりさん”に過ぎないのだから。

当夜のプログラムは、前半がラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」、後半はドヴォルザークの「交響曲第9番『新世界より』」というもの。前半のピアノ協奏曲では、反田恭平という若いピアニストの熱演で、会場は大いに盛り上がったし、後半の「新世界」はお馴染みの曲だが、メリハリがあってとても良い演奏だった。おかげで筆者もすっかり堪能させて貰った。なんといってもナマ音は迫力が違うのだ。

それにしてもピアニストは大変だ。今回の反田恭平氏は、オーケストラと掛け合いながら暗譜で40分間弾きまくったが、筆者のような素人にはもう神業としか思えなかったね。よくもまあ長く複雑な曲を、間違えず最後まで弾けるもんだ。しかもその体力たるやスゴ過ぎる。ときに優しくときに激しく感情を表現しつつ、そのベースには強靭な肉体とクールな理性がある。ピアニストというとヤワなイメージがあるが、実際は瞬発力と持久力を兼ね備えた、音のアスリートとも言うべき人たちなのだろう。

その意味でもっとすごいのは、やはり指揮者なのかも知れないな。何しろアンコール曲も含めると、立ちっぱなしで計2時間以上、汗みどろで指揮棒を振るうわけだから。むろん、それ以外に練習時間だってある。しかもパンフのスケジュール表を見ると、旅から旅の公演にはほとんど休日がない。つまり、連日のハードな肉体労働だ。そういえばかつてテレビの某音楽番組で、高名な指揮者が語っていたが、あるとき体を診てもらった医者に、あなたは下半身はヘロヘロだが、上半身はまるで沖仲仕みたいだと言われたそうな。この人はいったい何の職業かと、医者も不思議に思ったことだろう。

それほどハードな指揮者という職業だが、世間では憧れの職業の一つでもある。何しろ、これほどカッコいい仕事も滅多にない。大勢のプロの演奏家たちを率いて指揮台に立ち、ときに哲学者のようにときに独裁者のようにタクトを振り、一糸乱れぬ音を導き出しては聴衆を魅了するのだから。言ってみれば一軍の将だが、まあ凡人に務まらないのは間違いない。そこには音楽に対する深い見識と表現力、そして人間としての統率力が必要となる。つまり総合力だ。かのカラヤンが「帝王」と呼ばれたのも頷ける話じゃないか。

だが、指揮者への道はそう簡単ではないらしい。たいていの場合、音楽大学の指揮科などで学びながら、同時にピアノとそれ以外の2、3種類の楽器を、プロレベルで弾けるよう腕を磨くのだとか。そりゃまあプロの演奏家に指示を出す本人が、何も弾けないのでは舐められるだけだもんな。しかも種々のパートの楽譜を頭に入れ、そのハーモニーを瞬時に脳内で再現する能力が必要となる。なんとも超人的な脳ミソだが、かといってこれはAIなどには出来ない芸当だろう。音で微妙な感情を自在に表現するのは、人間だけが可能な領域なのだ。すごいねえ。

しかも音楽大学を卒業しただけで、誰もがプロの指揮者になれるわけではない。建築士みたいに、国家資格があるわけではないのだ。そこには長い下積み生活が待っている。先輩指揮者などの下について、コツコツと雑用もこなしながら修行をし、腕を磨くのが一般的だというから、これはまるで落語家の師匠と弟子の関係を思わせる。プロレスでいえば、アントニオ猪木と付き人の藤波辰己みたいなものだろうか。前述した佐渡裕氏も若き日に、バーンスタインに弟子入りして腕を磨いたことは有名だ。

一説では指揮者として成功するのは、総理大臣になるより難しいらしい。その難関を乗り越えて大成した指揮者には、輝くような栄光が待っているわけだが、しかし現状維持に甘んじていては先がない。なにしろ体力勝負だから日々の鍛錬は欠かせないだろうし、常に音感を磨いたり、統率者として人間力を高めることも重要だろう。また、フルオーケストラのものすごい音量を間近で聴く指揮者は、聴覚に影響が出たりすると大変だ。さらには老眼で、楽譜が読めなくなったらヤバいことになる。こうやってみると、カッコ良い指揮者という職業も、実際は苦労の多いものなのだな。筆者のような凡人は、指揮者などを目指さなくてああ良かった!



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Posted by 桜乱坊  at 18:47 │Comments(1)本・映画・音楽など

この記事へのコメント
指揮者とは絶対音感のある音楽的天才でしょうね。管理職試験の論文試験のヒントに「指揮者」のように部下を指揮指導して成果をあげるとかありましたが、指揮者という仕事はそんなレベルではないと思います。「コンバット」のサンダース軍曹も良いですが、そんな命がけの仕事ってあまりないでしょうね。
Posted by 桜田靖 at 2019年05月12日 10:57
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