2023年01月31日
緑の芝生は元気の素

この時期に公園などを歩くと、広い原っぱが枯芝になっているのをよく目にする。冬枯れして茶色になった一面の芝生は、見ているだけで寒々しい。筆者など、この原っぱが緑に覆われるのはいつの日かと、歩きながら想像したりするが、それもまた楽しいものだ。なにしろ、春の訪れを告げる青々とした芝生は、美しいだけではなく、人の心を元気にもしてくれる。言ってみれば、生命力の象徴でもあるんだな。
そうなると、日本のサッカーシーズンもいよいよ始まりで、今年も青い芝生の上で躍動する、サガン鳥栖の選手たちの姿が楽しみだ──。てなことを言うと、お前は公園の芝生とサッカー場の芝生を混同している、とどこからかヤジが飛んで来そうだ。いや、ごもっとも。Jリーグが始まって以来、日本のサッカー場の芝生は著しく改善され、一年中青々とした色にキープされている。つまり今や冬に枯芝になるサッカー場など、よほど田舎に行かなければお目にかかれないはずなのだ。
ところがどっこいお若えの、ひと昔前はそうじゃなかった。かつての国立競技場も冬になると枯芝で、元旦恒例の天皇杯の決勝戦も、その茶色の草の上で行われるのが当たり前だった。まあショボい話だが、サッカーがマイナー競技だった当時の日本では、誰も文句をいう者はいなかったのだろう。なんたって、草は冬になれば枯れるのが、自然の摂理ってやつだからね。それがサッカー後進国・日本の現実だったわけだ。
しかし、サッカー先進国はそうじゃなかった。当時から東京12チャンネル(現テレビ東京)の、「三菱ダイヤモンド・サッカー」で、ヨーロッパのサッカーをよく観ていた筆者は、向こうのサッカー場の芝生の色に目を奪われていた。なにしろ真冬がサッカーシーズン真っ只中のあちらでは、雪の中でも試合をするのが当たり前。ところがなんと、グラウンドに雪が積もっているのに、サッカーコートの芝生の色だけは、どの会場も青々としているのだ。これはいったい、どういうカラクリなんだ?と、筆者は不思議で仕方がなかった。なんたって、草は冬になれば枯れるのが、自然の摂理のはずだったから…。
ところがこれは、カラクリでも何でもなかった。人工芝でもなければ、もちろん枯芝に緑色のスプレーを吹き付けたわけでもなかったのだ。筆者がこの謎の答えを知ったのは、1993年にJリーグがスタートしてからだったね。どの試合場でもフルシーズンで緑の芝生がキープされており、おお、日本でもやれば出来るじゃん!と、感動したのがキッカケだった。そこで初めて知ったのが、芝生には夏芝と冬芝の二種類があるという事実。つまり、暑い時期には青々としているが、寒くなると枯れてしまうのが夏芝で、反対に暑さには弱いものの、冬の寒い時期に緑色を保つのが冬芝だというのだ。まさに、聞いて驚く意外な事実!
なるほどヨーロッパのサッカー場が、雪の中でも青い芝生を保っていたのは、冬芝のお陰だったというわけだ。逆にサッカー文化が育たなかった日本では、冬でも夏芝のまま放置していて、それが普通だと考えられていたのだ。それを覚醒させたのが、プロリーグであるJリーグの誕生だったのだな。なんたってプロともなれば、試合場のインフラ整備は最重要課題。特にサッカーコートの芝生は、選手たちが活躍する〝檜舞台〟でもある。そこが茶色い枯芝では、選手にも観客にも申し訳が立たないよね。
そこで始まったのが、「ウインターオーバーシード」という育成法だった。これは、寒くなると枯れて休眠してしまう夏芝の上から、冬芝のタネをまいて一年中緑色を保つやり方で、言わば夏芝と冬芝の二毛作みたいなもの。この場合、ベースとなるのは夏芝の方で、一度植えたらそのまま毎年芽を出すが、冬芝の方は単年草の品種を使うため、毎年のタネ蒔きが必要なのだとか。で、春になると伸びた冬芝の葉を短く刈り取って弱らせ、伸びて来た夏芝の葉と徐々に入れ替えるというから、サッカー場の芝生の育成や手入れとは大変なのだ。一年中青い芝生がキープされているのも、スタジアム関係者の努力のたまものだったんだな。
お陰でいまやJリーグの試合は、どこも美しい芝生の上で行われるのが通例となっている。日本サッカーのインフラも、ようやくヨーロッパに追いついたわけだが、この芝生の文化を学校のグラウンドにも広げようと、Jリーグでは応援活動を行なっているらしい。筆者的には、この考えに賛成だ。もし学校のグラウンドが土ではなく、一面の緑の芝生だったらと考えるだけで、何か心がウキウキするようじゃないの。それだけで子供たちは外に飛び出し、きっと走り回るに違いない。なにしろ青々とした芝生は、人の心を元気にする力を持っている。
しかも、芝生の上なら横になっても気持ちがいいし、転んでもすり傷などは出来にくい。そこで弁当を広げ、みんなと一緒に食べるのも楽しいはずだ。まあ、芝生は維持管理が大変だから、という反対意見もあるだろう。だが一方で土のグラウンドは、風の日に土埃を近隣にまき散らす元凶であり、雨の日はドロドロになるという欠点もある。どちらも一長一短だとすれば、やはり美しい緑の芝生の方がマシだと、筆者などは思うんだけどね。だいいち、暖かな春の日に昼寝するにはもってこいだし…。