2022年07月31日

美味いものが食べたい



日本を訪れる外国人観光客にも、お目当てのものが色々あるようだ。その中でよく聞く声は、日本の食べ物を食べることだとか。彼らにとって日本での食事は、大きな楽しみの一つらしい。和食はユネスコの無形文化遺産に登録されたほどだし、いまや世界中が日本の伝統的食文化に高い関心を持っている。食材は新鮮だしヘルシーだし、おまけに見た目は美しいし──とね。だがそんな理屈は横に置いても、和食に限らず日本には多種多様な食文化が花開いている。

なにしろお金さえあれば、寿司に天ぷら、すき焼きにしゃぶしゃぶ、うなぎの蒲焼や和牛ステーキなど、いくらでも高級料理が楽しめる。お金のない人も街を歩けば、牛丼やカレーのチェーン店から、うどんや蕎麦といった麺類の店、また町中華のラーメンに餃子、居酒屋のおでんに焼き鳥など、安いメニューがより取り見取りだ。つまり、どこに行っても美味いものが味わえるというわけ。しかも日本は北から南まで細長く、郷土料理も種々様々ときている。

日本の食べ物に詳しい外国人ユーチューバーが言うには、日本は都会から田舎まで美味いものの宝庫だそうだ。それも高級料理店はもちろんだが、そうでない庶民的な店に入っても、ちゃんと美味いということが感動的らしい。われわれ日本人の感覚からすれば、高い店だろうが安い店だろうが、金をとる以上は美味いものを出すのが当たり前。だが、どうも外国はそうではないようだ。高い店が美味いものを出すのは当然として、安い店はまあそれなりの味というのが、どうやらむこうの常識らしい。なので、日本で安くて美味い店に出くわすと、彼らはいたく感動するんだとか。

日本の料理が外国人を感動させるのは、やはり料理人の腕が良いということだろう。そこからはものづくりに拘る、日本人特有の職人魂が見えて来る。安かろうが高かろうが、とにかく味にこだわる頑固な職人が、日本にはたくさんいるからね。一流店のシェフや板前さんから、町のラーメン屋のオヤジまで、完璧を目指す精神はみな同じ。仕事場は神聖なる道場であり、道を極めるためには人生を賭けるという、まるで刀鍛冶みたいなプロフェッショナリズムが、そこにはありそうだ。好きなんだよね、日本人はこういうのが。

テレ東で放送しているドラマ『孤独のグルメ』には、そんな無名の職人たちが何人も登場する。主人公の井之頭五郎が商談に出かけた先で、たまたま見かけた店に入るというストーリーだから、出て来る店はたいてい大衆食堂とか町の中華屋、洋食屋などだ。番組ではそうした実在する店で、コツコツ地道に働く隠れた名人にスポットを当て、あたたかな視点で紹介している。誰もが誠実で真摯に味に向き合っているところに、筆者などはいつも感心するのだ。ただし、観ているうちに腹が減るのがちとツライけど…。

だが何といっても、日本の料理がどれも美味いのは、料理人が出汁(だし)に拘るからだろう。出汁──つまり、うま味だ。世界中で日本の料理人ほど、出汁に拘る人々はいないんじゃなかろうか。なにしろ、この「うま味」を世界で初めて発見したのは、日本人の化学者・池田菊苗博士なのだ。池田博士は1908年に昆布の煮汁から、うま味の素であるL-グルタミン酸ナトリウムを抽出したわけだが、これを製品化したものが筆者も愛用する「味の素」。甘味、酸味、塩味、苦味に次ぐ第五の味「うま味」は、そのまま「UMAMI」として世界でも使われるようになった。

もっとも「うま味」の発見以前から、日本の料理人はいろんな食材から出汁が取れることを知っていた。前述の昆布からはグルタミン酸を、鰹節からはイノシン酸を、またシイタケからはグアニル酸をという具合に、自分の経験や先人の教えなどから、上手に出汁を取っては料理に活かしてきたのだ。つまり伝統的に、日本の料理はまず出汁ありきということ。これはプロの料理人に限らず、ふつうの家庭でも同じことだろう。毎朝食べる味噌汁も、冬場に囲む寄せ鍋も、そもそも出汁がなかったら始まらないのだ。

かつてチェルノブイリ原発の爆発事故の後、放射性物質を体外に排出させる作用があるとして、味噌が日本からヨーロッパに輸出されたことがあった。筆者には当時の、泣きそうな顔をして味噌汁を飲む、むこうの子供達の映像が印象に残っている。あのとき可哀想だと思ったが、いまから考えればきっとあれには、出汁が入ってなかったんだろうね。そりゃマズいはずだ。外国人に味噌を送るんなら、鰹節も一緒に送ってあげないとな。

まあ、こんな〝出汁の王国〟日本だから、和食はもちろんのこと洋食だろうが中華だろうが、厨房の板前さんもコックさんも、腕によりを掛けて出汁をとっているはず。動物性に植物性と、様々な食材にはそれぞれのうま味が含まれている。どんな食材からどんなうま味を引き出し、どう調合するかが料理人の腕の見せどころだ。職人魂で日々研鑽を重ねている彼らのおかげで、日本中どこに行ってもわれわれは美味いものが食べられるというわけ。外国人には、そこが感動的なんだろうね。  


Posted by 桜乱坊  at 12:08Comments(1)食べ物など