2022年01月31日
アメリカ人の謎

筆者が好きな数少ないテレビ番組の一つに、テレビ東京の『YOUは何しに日本へ?』がある。これは日本の空港などでスタッフが、訪れた外国人に「YOUは何しに日本へ?」とインタビューするもので、来日の理由を聞き出しては、面白そうな人物に密着取材をするという、とてもユニークな番組だ。登場するのはどれもごく普通の一般人だが、日本の文化や食べ物や観光地が好きという人から、武道や伝統芸能を学びに来た人まで、彼らの来日の動機は種々さまざま。そこからは普段われわれが気がつかない、日本の良さなども発見出来るから、視聴者が見ていても飽きないのだ。
ところで、この番組の中で筆者が一つ気になったことがある。それは番組スタッフがマイクを差し出して、訪日客に「Where are you from?(どこから来ましたか?)」と訊いたときの答えだ。普通の外国人は、「フランス」とか「ロシア」とか「メキシコ」とか国名を答えてくれるのだが(当然だよね)、ことアメリカ人に限ってはそうではない。不思議なことにたいていのアメリカ人の場合、「カリフォルニア」とか「ワシントンD.C.」とか「フロリダ」とか、自分の住む州の名や都市名を答えるのだ。筆者的には、どうもこれが気に食わない。彼らはアメリカを、世界帝国か何かと勘違いしているのだろうか?
善意に解釈すれば、アメリカ人は日本人を仲の好い友達と考えており、別に国名を名乗らなくとも分かるよね?という態度とも取れる。だが悪意で解釈すれば、日本なんかアメリカの属州みたいなものだから、わざわざ国名を言う必要はなかろう、という尊大さとも取れてしまう。まあ、罪のない笑顔で応じてくれる彼らを見れば、後者でないことは一目瞭然だが、それにしてもアメリカ人は何故そんな答えをしてしまうのか? 同じ英語の国でもイギリス人やオーストラリア人、カナダ人などは、ちゃんと国名を答えるのに。やっぱりアメリカ人は、国はデカいが世界を知らない田舎者なのか? それを考えると、筆者は夜も眠れない(はずはないが…)。
一つ考えられることは、普段アメリカに住むアメリカ人なら、「Where are you from?」と尋ねられたら、当然のように自分の州名や都市名で答えているということ。そりゃ、そうだよね。何と言っても巨大なアメリカという国は、それぞれの州の寄せ集めなのだ。つまり「どこから来ましたか?」という問いには、日常的に州名や都市名を答えるのが習慣になっている。なのでその切り替えが出来ていない、日本に着いたばかりのアメリカ人は、つい普段通りに「カリフォルニア」などと答えてしまうのだろう。となると、彼らにだけは「What country are you from?(どこの国の方ですか?)」と尋ねるべきなのだろうが、スタッフにとってはそれもちと面倒な話だ。
どうもそこからはアメリカ合衆国ならぬ、「合州国」の特殊性が見えてくる。前述した通り、アメリカという国は50の州などからなる連邦国家だ。それぞれの州には州政府があり、州の軍隊だってある。州によって法制度も違えば人種構成も違い、州知事の権限は絶大と来ている。言わば州とは一つの国のようなもの。その寄り合い所帯がアメリカというもう一つの国で、南と北あるいは東と西の州では、環境も風土も住む人々の生活もまるで違うはずだ。トランプとバイデンが争った2020年の大統領選挙では、州により支持する政党が真っ二つという、シビアな現実も見せつけられた。いやはや日本とはまるで違う、恐ろしく広い国なのだアメリカは。
聞くところによれば、アメリカの新聞は日本みたいな全国紙よりも、地方紙が好まれるのだという。つまり「読売新聞」や「朝日新聞」のような、発行部数が数百万部という大新聞より、「ニューヨーク・タイムズ」や「ロサンゼルス・タイムズ」のような、数十万部発行の地方新聞の方が、痒い所に手が届くというわけだ。やはりアメリカ人にとっての心の拠り所は、巨大な国家よりも身近な地域にあるのかもしれないな。愛唱歌もきっと「我が心のジョージア」であり、「ケンタッキーのわが家」であり、「テネシー・ワルツ」なのだ。こうなると「Where are you from?」と訊かれた彼らが、誇らしげに「カリフォルニア」などと答える気持ちも、理解出来なくもないが…。
ただし、そんな彼らも一つにまとまり、国を挙げて「USA、USA!」を絶叫するときがある。スポーツの世界大会などがそれで、サッカーのワールドカップやオリンピックでは、アメリカ人のナショナリズムは異様に高揚する。普段は州(都市)ごとに競い合う、国内完結型のNFLやメジャーリーグに熱狂する彼らも、相手が外国の場合はまた目の色が違うようだ。州は違えどアメリカは一つ、という意識に急に目覚めるんだろうね。2010年のサッカーW杯南アフリカ大会で、アメリカが決勝トーナメント進出をかけてアルジェリアと戦った試合では、地元スポーツバーの「USA、USA!」大連呼がすごかった。後半ロスタイムにドノバン選手が劇的ゴールを決めたときは、まるで地球が爆発したような騒ぎだったものなあ。
そう考えるとアメリカ人とは、どうも自分の属する州(あるいは都市)と、その連合体としての国家アメリカとの、二つのアイデンティティを持っている人々のようだ。で、外国で「Where are you from?」と訊かれた場合、国際経験のある人なら「USA」と答えるだろうが、そうでない人はつい州名を答えてしまうのだろう。これは巨大な連邦国家、アメリカの特殊事情という奴かもしれないな。まあ、筆者もこの次からはそのへんを頭に入れて、あの番組を観ることにしよう。