2020年12月30日

街から消える書店



先日、所用で佐賀駅を利用したときのこと。こういう場合ついでに本屋を覗くことにしているので、筆者はデイトス(現在は「えきマチ1丁目」と呼ぶらしい)の中にある「積文館書店」に足を向けた。ここは改札を出てから徒歩1分の位置にあり、本の数もそこそこ多いので、駅の利用者には便利な書店だったのだ。だがそこで筆者が見たものは、わが目を疑う光景だったね。なんと、消えていたのだ積文館書店が!

いや、驚いたのなんの。そこにあったのは見慣れた書店の姿ではなく、100円ショップらしい小ぎれいな商店。筆者はまるでマジックを見せられたような錯覚を覚え、つい呆然と立ち尽くしてしまったのだった。別に、100円ショップが悪いというわけではない。だが本来あるべき場所に、あるべき本屋がない。これは夢か幻か? いったい積文館書店は、どこへ消えたというのだろう?

自宅に戻ってネットで調べてみたら、聞いて驚く意外な事実が分かった。同店は今年の3月21日で営業を終え、すでに閉店していたのだ。筆者もこれは知らなかったなあ。現在のJR佐賀駅が出来た翌年の、1977年にオープンしてから、同店は実に42年間も営業していたというからビックリ。まさに駅の「顔」とも言うべき存在だったのだ。それが閉店するとは、筆者は思いも寄らなかったね。今後、駅の利用者は電車が来るまで、どうやって時間を潰せば良いのだろう。困るんだよなあ、本の立ち読みが出来ないと…。

そう言えば佐賀市では、嘉瀬町にあった大型の明林堂書店も閉店し、街なかの書店はすっかり姿を消してしまった。これは筆者のような本好きにとっては、とても寂しい話だ。県庁所在地で県を代表する都市でありながら、佐賀の通りには本屋が見当たらない。そればかりか、街を歩いてもCDショップにも映画館にも劇場にも出くわさない。探すとすれば車に乗って、郊外にある複合型ショッピングモールにでも行く他はない。なんか街の中に文化の匂いがしないのだ。いくら質実剛健の葉隠武士の城下町とはいえ、これはちと寂しすぎる話じゃないか。

思い出せば筆者が子供の頃は、佐賀の街なかにも書店や映画館がいくつもあった。正月にお年玉を貰うとそれを握りしめ、市内の白山アーケード街にあった金華堂書店や松原の積文館書店に行き、欲しかった本を買うのが楽しみだった。そこでは小城の小さな本屋にはない、いろんな種類の本が揃っていたっけ。周辺には食堂やラーメン屋なども多く、美味そうな匂いが漂っていた。人出の多い松原神社の近くには、絵看板の色も鮮やかな映画館が軒を並べていたものだ。その中でもやはり本屋は、子供にとって宝の山のような存在だったなあ。

だが、現在はどうやら本が売れない時代らしい。つまり「出版不況」という奴だ。日本にある書店の数は、この20年ほどで半数以下に減ったという。特にインターネットの普及が、雑誌の市場を奪ってしまったらしい。おかげで雑誌販売をメインにしていた書店ほど、経営のダメージが大きかったようだ。そういえば電車の座席でスマホをいじっている人々は、ほとんどがコミックやニュースやSNSを見ている。マンガ雑誌や週刊誌のネタは、スマホがあれば十分という時代になったのだ。

また、書籍の方も本屋に行かなくても、Amazonやブックオフで検索すれば、探している本が確実に見つかる上、定価より安く入手出来たりする。筆者も最近はもっぱら、欲しい本はネット通販でまとめ買い、という習慣が身に付いてしまった。クリックひとつで魔法のように、読みたい本が数日後にはポストの中に入っている。この便利さは、一度覚えるとクセになるんだよね。なので筆者も最近は、ことさら書店に行く必要も無くなっていたのだ。本屋のみなさん、スイマセン。

しかし、しかしだ。書店にはやっぱり、書店にしかない魅力があるんだなあ。何というか未知との遭遇を求めて、新しい本の匂いの満ちた空間へ入るときのドキドキ感⎯⎯。そこには予期せぬ出会いがあり、また探していた恋人と巡り会うような喜びがある。たまたま書棚で手に取った一冊が、自分のその後の人生を大きく変えることだってある。つまり書店には、偶然という小さなドラマが待っているのだ。そこがネットの通販とは違うところなのだ。

だったら図書館へ行けば良い、という意見もあるだろう。確かに図書館は蔵書の数も多いし、読みたい本はたいてい揃っている。だが、そこにあるのは所詮は館のもので、自分のものではない。おまけに他人の手垢もいっぱい付いている。新本を開くときのフレッシュな期待感や、この本はオレだけのものという独占欲を満たしてくれるのは、やはり書店で買って来た自分の本なのだ。そんな本との出会いの場である書店が、街から消えるのは本当に寂しい。ブラリと自由に入れて、好きなだけ時間を過ごせる癒しの空間は、神社やお寺の境内に似ている。無くなって初めて気がつくのが、そんな書店の有り難さというものだろうか…。  


Posted by 桜乱坊  at 18:27Comments(0)本・映画・音楽など