2017年07月08日

台湾で歌われる日本の歌謡曲



雨の晩などにYouTubeで無作為に歌を検索して、良さそうなものを選び出し、イヤホンでじっくり聴くのも良いものだ。そこからは、テレビでは普段めったに聴くことのない名曲が、いくらでも見付かる。驚く様な古い曲や懐かしい歌手と巡り会って、感動することもしばしばだ。たまにエコーの利いたどこかのオヤジのカラオケに出くわし、腰を抜かすこともあるが、それさえうまく回避すればYouTubeはまさに“歌の楽園”と言って良い。

そんな歌探しの気ままな散歩の中であるとき、筆者が偶然出会って驚いたのが、一人の台湾人が歌う『一支小雨傘』という曲。そこでは美しいメロディに付けられた中国語の歌詞を、洪榮宏という男性歌手が熱唱していた。洪氏は声も好く歌唱力も抜群なのだが、筆者に中国語はサッパリ分からない。しかし、その曲は紛れもなく日本の昭和40年代初めに大ヒットした、橋幸夫の『雨の中の二人』ではないか。♪雨が〜小粒の真珠なら〜、というあの曲だ。たしかこれ、当時公開された同名映画の主題歌じゃなかったかな。

その忘れられた日本の名曲が『一支小雨傘』というタイトルで、現代の台湾人歌手により歌われていることに筆者はちょっとした感動を覚えた。しかもこの曲には、なんと320万回以上のアクセスがあり、コメント欄は中国語の書込みで溢れているのだ。どうやら今でもこの曲は台湾で人気があるらしい。そこで感動ついでに調べてみたら、洪榮宏以外にも『一支小雨傘』を歌っている、台湾歌手たちの映像が次々に見付かった。黄乙玲、江淑娜、蔡幸娟といった女性歌手たちや百合二重唱という女性デュオ、男性歌手では蔡佳麟、蕭煌奇などがそうで、しかもそれぞれみな若くて歌がうまいのだ。まるで小雨傘の花盛り。ひょっとしてこの歌は、台湾でスタンダードナンバーになっているのだろうか。

ちなみに、『雨の中の二人』をキーワードにYouTubeで検索してみると、出て来るのは橋幸夫自身が歌うものか、どこかの勘違い氏の自録りカラオケしかない。中に一つ五輪真弓の歌があったので、「おお!」と思って聴いてみたら、全くの同名異曲で思いきり肩すかしを食わされた。やはり昭和の日本で一世を風靡したこの名曲も、今ではすでに忘れられた存在になってしまったようだ。台湾の大盛況ぶりに比べたら、日本の歌謡界での扱いはちと冷た過ぎるんじゃないの。

気になったので筆者は、台湾で日本の歌がどう歌われているのか、少し調べてみた。すると、あるある! 古いものから最近のものまで、日本の名曲の数々がタイトルを変え中国語の歌詞を与えられ、おまけに種々様々にアレンジされて、今もさかんに歌われているではないか。そう、日本ではすっかり下火になった「歌謡曲」が、かの地では若い歌手たちの手で、炎のように燃え続けていたのだ。お陰で筆者の感動のボルテージは、すっかり上がってしまった。そこにはあの熱くて懐かしい匂いのする“昭和”が生きていたのだ。

例えば『雨の中の二人』と同じ年にヒットした、美川憲一の『柳ヶ瀬ブルース』は、台湾では『淡水河邊』というタイトルで、また昭和44年にクールファイブが歌った『長崎は今日も雨だった』は『涙的小雨』として、さらに沢田研二が昭和50年に歌った『時の過ぎゆくままに』は、なんと『愛你一萬年』のタイトルで、やはり様々な歌手に歌われている。どれもタイトルだけ見れば、何の曲だか分からない。おまけに歌詞もチンプンカンプン。だが、歌を聴けば紛れもなくそれは往年の日本のヒット曲であり、耳を澄ませば台湾の歌手たちがそれを自家薬籠中のものとして、心を込めて歌っているのが伝わって来る。とにかくみんな歌がうまいのだ。

しかも、もっと古い曲だって台湾では生きている。日本が戦時中の昭和17年に作られた『湯島の白梅』という曲があるが、これは新派の名作悲劇『婦系図』の、お蔦と主税の涙の別れをモチーフにしたもので、戦後に小畑実の歌でヒットしたという超懐メロだ。ところがかの地ではこれを『湯島白梅記』として、現代の若い女性歌手たちが盛んに歌っているのだからビックリ。これも向こうではスタンダードナンバーなのだろうか。まあメロディが叙情的で美しく、アレンジに工夫さえすれば今でも十分イケる曲だとは思うけど…。ただし、もともと東京上野近くの湯島天神が舞台のこの歌、中国語の歌詞を見ると温泉郷の話にすり替わっているところが、ちょっと笑える。なんたって「湯島」だもんな。

もちろんこうした日本の歌謡曲を、台湾の歌手たちが日本語のまま歌う映像もけっこう多い。中には、日本の着物を着てステージに立つ女性歌手もいたりして。だがたまに発音を間違えたり、歌詞をごまかしたりといったケースはあるものの、これらはほんのご愛嬌で、誰もがプロらしくしっかり日本語で歌っているのには筆者も感心した。見たところ中で一番日本語がうまいのは、やはり先に紹介した洪榮宏だったかな。この人は台湾版・五木ひろし(顔は忌野清志郎)といった感じで、どんな歌も歌いこなす大変な実力者だ。日本の歌番組にも一度招待したらと、筆者などは思うのだが…。

とまあ、ここまで古い日本の歌謡曲を辿って来たが、むろん最近の歌だってあちらではカバーされている。例えば筆者の好きな夏川りみの『涙そうそう』は、台湾では『涙光閃閃』と『陪我看日出』という二つのタイトルで歌われているようだ。どうやら前者は『涙そうそう』の直訳で、後者は向こうで新たに付けられた曲名らしい。筆者が見た中では、『陪我看日出』を歌う蔡幸娟のステージがピカイチだったが、この人は歌もうまいが清楚な感じの美人なのが特に気に入った。声質はどこか故テレサ・テンにも似ているし…。こうなったら彼女も一度、日本の歌番組に招待して欲しいものだ。

他にもたぶん筆者の知らない数多くの日本の曲が、台湾で歌われているのだろう。だが嬉しい反面、ちょっと筆者の心は複雑でもある。なにしろ昭和の歌謡曲は名曲の宝庫だ。現代の日本人が忘れ去ろうとしているそれらの宝を、台湾の歌手たちが大事にしてくれているのは有り難いが、はたしてそれで良いのだろうか? ノリのいいJ-POPもいいけど、日本人こそもっとメロディアスな歌謡曲の良さを、再認識すべきじゃないのかな。  


Posted by 桜乱坊  at 12:00Comments(0)本・映画・音楽など