2022年08月31日

日本の無人販売所

日本の無人販売所

筆者の散歩コースに一軒の農家があり、そこの小屋の軒下は野菜の無人販売所になっている。台の上には、袋詰めになった野菜と赤いポストの貯金箱が、無造作に並べてあるだけ。野菜はどれもひと袋100円なので、利用者は貯金箱の中にチャリンとコインを入れ、商品を自由に持ち帰れば良い。この気安さと野菜の量の多さが気に入り、筆者も散歩の帰りにときどき利用させてもらっている。なんたって採れたて野菜が、これでもかとビニール袋に詰め込んであるのが良い。

で先日は、筆者が玉ねぎの袋を購入したところ、たまたまそれを見ていた店のオヤジに呼び止められてしまった。と言っても「このコソ泥が、ちょっと待てコラ!」といった乱暴なものではない。なにしろ筆者は、貯金箱にちゃんとコインを入れている。オヤジさん曰く「ミニトマトやピーマンなど、採れた野菜が余って困るけん、タダで持って行ってくれんね」ということだった。むろん、遠慮する理由はない。筆者は彼が袋いっぱい詰めてくれた、ミニトマトやピーマン、シシトウなどを、ありがたく頂戴して帰ったのだった。

農業県・佐賀に住む最大のメリットは、こうした野菜や果物などが、比較的安く(ときにはタダで)手に入ることだろうか。まあ、東京などの大都会ではこうはいかないもんな。だいいち農地が少ないし、仮にそんな奇跡のような無人販売所があったとしても、黙って商品を持ち帰る不届き者があとを絶たないはず。いやその前に、料金箱ごと盗まれる可能性がそうとうに高い。まして、採れた野菜をタダでくれるような奇特な人など、皆無なんじゃなかろうか。

こうした心温まる無人販売所が成り立つのは、やはり日本でも都会ではなく地方なのだろう。それも、悪質な外国人などのいない地域に限られる。つまりお互いが性善説を信じ、信頼関係で結ばれた善良な人々の暮らす町や村だ。そういう意味ではアジアの島国・日本には、まだまだ古き良き伝統を残す地域が数多く存在するはず。世界から訪れた人々が無人販売所を見てビックリするのは、自分たちがとうに失ったモラルが、日本の田舎にはごく普通に残っているからだろうな。

そもそも日本には、「お天道様が見ている」という言葉がある。他の誰かが見ていなくても、空にあるお日様はちゃんと見てるぞという戒めだ。なのでたとえ無人の販売所だろうと、誰もいない自動販売機だろうと、悪いことは出来ないよう日本人は子供の頃から躾けられている。あのフーテンの寅さんだって、「お天道様は見ているぜ」と言ってたものな。つまり、人間の目を超越した〝太陽の目〟を意識することで、日本人は自分を律しているわけだ。なにしろ国号を「日本」と言い、国旗に日の丸を掲げるほど、われわれはお日様を愛しているからね。

もっとも、この人間の目を超越した目とは、場合によってはお日様に限らないのかもしれない。そもそも太陽は夜には隠れてしまう。言わば、夜間には稼働しないソーラーパネルみたいなものだ。そこで、あるときはお月様の目だったり、神社の千年杉の目だったり、地域にある霊山の目だったり、道端のお地蔵様の目だったりと、われわれは常に人間ではない何者かの目によって、見られることを意識している。つまり、身の回りの至るところに神仏がいて、悪いことをしないよう昼も夜も監視しているわけだ。日本人は無宗教と言われるのに犯罪率が低いのは、こうした柔軟で実利的な防犯システムを、誰もが心の中に持っているからだろうか。

だが世の中、そんなことに無頓着な悪い奴はいるもの。たとえ100円の野菜でも、料金を払わず無断で持ち帰れば窃盗の罪になる。窃盗罪の刑罰は、「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金」と定められており、起訴された場合はこの範囲で刑罰が下されるという。なので軽い気持ちでイモの袋を持ち帰ったりすると、後でとんでもないことになりかねない。無人販売所は購入者の良心を信頼して店を開いているので、そんな信頼を裏切っちゃあマズイのだ。やっぱりコソコソと盗んだ野菜を食べるより、堂々と購入した野菜を食べる方が、ずっと美味で消化も良いんじゃなかろうか。

そういえば、小城ではそろそろミカンの実る季節だ。筆者の秋の恒例行事である八天山神社への山登りは、たいてい下りに清水の宝地院の門前を経由することになっている。するとそこにはいつも、ミカンなどの無人販売所が設置してあり、疲れた体と心をホッコリさせてくれるのだ。良いんだよな、この光景が。誰もいない山中を抜けて、いかにも里に降りて来たという実感がする。なので今年も筆者は、ミカンをひと袋買うことにしようかな…。



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Posted by 桜乱坊  at 12:17 │Comments(0)身辺雑記

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