2008年02月25日
東京裁判と地球防衛軍
近くの図書館に行ったついでに、映画のDVDを借りて来た。小林正樹監督の『東京裁判』。2枚組で計277分という大作ドキュメンタリーだ。1983年の公開だが、当時なぜかこの話題作を見逃していた筆者にとり、25年目の巡り会いとも言うべき作品なのだ。
長い、しかし面白い。アメリカ国防総省の記録フィルムをベースに、種々のニュース映像等を集めて編集したこの映画は、実に淡々と冷静に極東国際軍事裁判を描いている。思想的に偏ったところがないので観ていて疲れないし、裁判に関わった人間たちの内面までが深く描かれており、思わず惹き込まれてしまう。それに、学校の社会の時間には習わなかった、日本の近現代史がよく分かる構成なのもいい。

ちょっと喜劇的なのは、なんとか天皇を訴追しようとする裁判長ウェッブ(オーストラリア)と、天皇の訴追だけは避けよというマッカーサーの密命を帯びた鬼検事キーナン(アメリカ)との駆け引き。日本側の被告たちを火のように追い詰めながらも、なんとか天皇だけは護ろうと誘導尋問するキーナンに対し、空気の読めない東條が失言をして、ウェッブを喜ばせてしまう場面などは笑える。事前の打ち合わせが足りなかったのだろうが、つまりはこの裁判は初めから極めて政治的なものだったのだな。小林監督は勝者が敗者を裁くこのイベントを、シニカルな目で見ている。
それにしても、日本側被告についたアメリカ人弁護人たちの、堂々の論陣には感心する。特にこの裁判自体に異議を唱えたブレークニーの「戦争が国際法で認められている以上、戦争での殺人の罪を個人に問うことはできない。それはヒロシマに原爆投下を命じた者の、個人の罪をここで問わないのと同じように」という指摘は正しい。アメリカ人でありながら勇気のある発言だ。概して清瀬一郎など日本人弁護士に比べて、アメリカの弁護人の方が声が大きく舌鋒も鋭い。一つには腹から声を出す発声法など、身体的な能力の違いもありそうだ。
ところで、こうした日本側被告のために尽力したアメリカ人弁護人の一人に、ジョージ・A・ファーネスの姿を見付け、筆者は大いに感動した。何といってもあのファーネスだ。裁判では、裁判官は戦勝国ではなく中立国の代表が当たるべき、という至極もっともな主張をしてくれたが、この人は後に日本に定住し法律家として働くかたわら、映画俳優としても活躍した不思議な人なのだ。

この人が登場する作品で筆者のお気に入りなのは、東宝の特撮映画『地球防衛軍』。土地と女をよこせといって地球に侵入してきた異星人ミステリアンに対し、地球防衛軍を組織した人類が科学の粋を集めて立ち向かい、富士の裾野で大攻防戦を繰り広げるというスペクタクル映画だ。監督が本多猪四郎で特技監督円谷英二、そして音楽は伊福部昭。黄金トリオが生み出したこの総天然色大作は、おそらく東宝特撮映画の金字塔ともいうべき作品だろうな。う〜ん、なんか力が入る。
ファーネスはこの映画で科学者リチャードソン博士を演じているが、なるほどインテリ風の容姿や話し方は堂に入っている。彼はまた同じ特撮映画の『妖星ゴラス』のほか、『クレージー黄金作戦』やTVドラマ『私は貝になりたい』などにも出演。主に科学者や弁護士役などで活躍しているが、必ずしもシリアスドラマ専門ではないところが面白い。きっと頭の柔らかい人だったのだろう。ファーネス氏、東京裁判では日本のために闘い、地球防衛軍では地球のために闘う、ずいぶん活動の幅の広い人だったのだなと感心した。
長い、しかし面白い。アメリカ国防総省の記録フィルムをベースに、種々のニュース映像等を集めて編集したこの映画は、実に淡々と冷静に極東国際軍事裁判を描いている。思想的に偏ったところがないので観ていて疲れないし、裁判に関わった人間たちの内面までが深く描かれており、思わず惹き込まれてしまう。それに、学校の社会の時間には習わなかった、日本の近現代史がよく分かる構成なのもいい。

ちょっと喜劇的なのは、なんとか天皇を訴追しようとする裁判長ウェッブ(オーストラリア)と、天皇の訴追だけは避けよというマッカーサーの密命を帯びた鬼検事キーナン(アメリカ)との駆け引き。日本側の被告たちを火のように追い詰めながらも、なんとか天皇だけは護ろうと誘導尋問するキーナンに対し、空気の読めない東條が失言をして、ウェッブを喜ばせてしまう場面などは笑える。事前の打ち合わせが足りなかったのだろうが、つまりはこの裁判は初めから極めて政治的なものだったのだな。小林監督は勝者が敗者を裁くこのイベントを、シニカルな目で見ている。
それにしても、日本側被告についたアメリカ人弁護人たちの、堂々の論陣には感心する。特にこの裁判自体に異議を唱えたブレークニーの「戦争が国際法で認められている以上、戦争での殺人の罪を個人に問うことはできない。それはヒロシマに原爆投下を命じた者の、個人の罪をここで問わないのと同じように」という指摘は正しい。アメリカ人でありながら勇気のある発言だ。概して清瀬一郎など日本人弁護士に比べて、アメリカの弁護人の方が声が大きく舌鋒も鋭い。一つには腹から声を出す発声法など、身体的な能力の違いもありそうだ。
ところで、こうした日本側被告のために尽力したアメリカ人弁護人の一人に、ジョージ・A・ファーネスの姿を見付け、筆者は大いに感動した。何といってもあのファーネスだ。裁判では、裁判官は戦勝国ではなく中立国の代表が当たるべき、という至極もっともな主張をしてくれたが、この人は後に日本に定住し法律家として働くかたわら、映画俳優としても活躍した不思議な人なのだ。

この人が登場する作品で筆者のお気に入りなのは、東宝の特撮映画『地球防衛軍』。土地と女をよこせといって地球に侵入してきた異星人ミステリアンに対し、地球防衛軍を組織した人類が科学の粋を集めて立ち向かい、富士の裾野で大攻防戦を繰り広げるというスペクタクル映画だ。監督が本多猪四郎で特技監督円谷英二、そして音楽は伊福部昭。黄金トリオが生み出したこの総天然色大作は、おそらく東宝特撮映画の金字塔ともいうべき作品だろうな。う〜ん、なんか力が入る。
ファーネスはこの映画で科学者リチャードソン博士を演じているが、なるほどインテリ風の容姿や話し方は堂に入っている。彼はまた同じ特撮映画の『妖星ゴラス』のほか、『クレージー黄金作戦』やTVドラマ『私は貝になりたい』などにも出演。主に科学者や弁護士役などで活躍しているが、必ずしもシリアスドラマ専門ではないところが面白い。きっと頭の柔らかい人だったのだろう。ファーネス氏、東京裁判では日本のために闘い、地球防衛軍では地球のために闘う、ずいぶん活動の幅の広い人だったのだなと感心した。
2008年02月18日
カササギを撮る
ウェブデザインの仕事に使おうと思って、カササギの写真を撮りに行った。愛用のデジカメを手に出かけたのは、多布施川の遊歩道。ここは、川沿いに桜やセンダンなどの古木がどこまでも続く美しい小径で、普段から野鳥の姿も多い所だ。カササギなんかもよく見掛けるので、まあ飛翔中の美しいカットが数点撮れれば、などと甘い考えで土曜の午後にブラリと出かけたわけ。
で、JR線の鉄橋の辺りから北に、頭上をキョロキョロ見回しながらしばらく歩くものの、なかなか奴には出くわさない。多いのはキジバトのカップルか、スズメの群れ。真っ黒なカラスや小柄なセキレイなどもたまに見掛けるが、お目当てのカササギがとんと見当たらない。仕方がないので、国道34号が横切る多布施川橋の手前でUターンし、南に戻りながら再び捜索開始。

「カチ、カチ」という聞き覚えのある声が聞こえたのは、道が神野公園に近づいた頃だったかな。キターッ! 思わずカメラを頭上に構えると、おお、そこには冬枯れた黒い梢の中に、ひっそり隠れるように数羽のカササギの姿が。いないいないと思っていたら、いる所にはまとまっているものだ。ははあ、こいつら集団行動をするんだな。

しかし、シャッターを押してみて初めて分かったのは、野鳥を撮影することの難しさ。とにかく彼らはつかまえにくい。こちらが望む距離まではなかなか来てくれない上、たまに近付いたと思ったら枯れ枝が邪魔をする。おまけにレンズを向けると、すぐにどこかへ飛び立ってしまうので、まあ落ち着かないこと甚だしい。しかもけっこう飛ぶスピードは速く、ファインダーの中を一瞬で横切ってしまう。飛翔中の美しいカットを撮るなんて、プロの写真家が粘りに粘って初めて可能なのだと、筆者もここでようやく気がついた。


それでも下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、手当り次第に写した中で比較的ましなのがこれらのカット。水を飲もうとするシーンなどは、ちょっと珍しいんじゃないのかな。え、そうでもない? だがこうして見ると、白黒ツートンカラーのカササギはなかなかに可愛い鳥だ。大きさはカラスの3分の2ほどあるが、嘴などはとても小さく、まるでおしゃべり好きの小鳥といった顔をしている。
何といっても飛ぶ姿が美しく、白い風切り羽や長い尾羽を広げて青空を滑るところは、とても優雅だ。獰猛で狡猾なカラスを強盗に例えれば、カササギはまるで無垢な貴婦人のような印象をさえ受けてしまう。喧嘩だってカラスには到底、勝てそうにないものな。もっとも、そんなお人好しで奥床しいところが、佐賀県の県鳥らしいところかも知れないが…。
で、JR線の鉄橋の辺りから北に、頭上をキョロキョロ見回しながらしばらく歩くものの、なかなか奴には出くわさない。多いのはキジバトのカップルか、スズメの群れ。真っ黒なカラスや小柄なセキレイなどもたまに見掛けるが、お目当てのカササギがとんと見当たらない。仕方がないので、国道34号が横切る多布施川橋の手前でUターンし、南に戻りながら再び捜索開始。

「カチ、カチ」という聞き覚えのある声が聞こえたのは、道が神野公園に近づいた頃だったかな。キターッ! 思わずカメラを頭上に構えると、おお、そこには冬枯れた黒い梢の中に、ひっそり隠れるように数羽のカササギの姿が。いないいないと思っていたら、いる所にはまとまっているものだ。ははあ、こいつら集団行動をするんだな。

しかし、シャッターを押してみて初めて分かったのは、野鳥を撮影することの難しさ。とにかく彼らはつかまえにくい。こちらが望む距離まではなかなか来てくれない上、たまに近付いたと思ったら枯れ枝が邪魔をする。おまけにレンズを向けると、すぐにどこかへ飛び立ってしまうので、まあ落ち着かないこと甚だしい。しかもけっこう飛ぶスピードは速く、ファインダーの中を一瞬で横切ってしまう。飛翔中の美しいカットを撮るなんて、プロの写真家が粘りに粘って初めて可能なのだと、筆者もここでようやく気がついた。


それでも下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、手当り次第に写した中で比較的ましなのがこれらのカット。水を飲もうとするシーンなどは、ちょっと珍しいんじゃないのかな。え、そうでもない? だがこうして見ると、白黒ツートンカラーのカササギはなかなかに可愛い鳥だ。大きさはカラスの3分の2ほどあるが、嘴などはとても小さく、まるでおしゃべり好きの小鳥といった顔をしている。
何といっても飛ぶ姿が美しく、白い風切り羽や長い尾羽を広げて青空を滑るところは、とても優雅だ。獰猛で狡猾なカラスを強盗に例えれば、カササギはまるで無垢な貴婦人のような印象をさえ受けてしまう。喧嘩だってカラスには到底、勝てそうにないものな。もっとも、そんなお人好しで奥床しいところが、佐賀県の県鳥らしいところかも知れないが…。
2008年02月11日
ヒーローは月光仮面
「♪月の光を背に受けて…」。ラジカセを持って歩いていたわけではないだろうが、月光仮面が登場する場面では必ず、何処からともなくこの歌声が聞こえて来たものだ。悪人たちはそれを聞いて、思わずあたふたと動揺する。
あれはテレビの黎明期、筆者がまだ小学校低学年だった頃のことだ。とにかく月光仮面は子供たちの圧倒的ヒーローだった。なので、番組を提供していた武田薬品のマークを見ると、筆者などはいまでも心臓がドキドキしてしまう。
そんな『月光仮面』がDVDになって帰って来た。昭和30年代のテレビドラマシリーズを全編復刻したもので、販売しているのはファーストトレーディングという会社。画質は悪いが当時の思い出がそのまま蘇る上、1枚が500円というから涙の出るような商品じゃないか。筆者も早速入手してときどき繰り返し観ているが、やっぱり胸がジンと熱くなるなあ。

しかし、今見ると色々と感じるところも多い。ちょっと格闘すればすぐに外れてしまいそうな主人公のターバンや、見ている方が気恥ずかしくなるようなモッコリタイツは置いといても、全編を覆うこのもっちゃりしたテンポは、やはり現代のドラマを見慣れた目にはひどくスローに映る。全体の構成も、仮面のヒーローが華々しく活躍するアクションシーンよりは、事件に関わる人々の人間関係や情愛といった部分に多くを割いている。いわば、まるでメロドラマといった作りなのだ。
おまけに、舞台となる当時の東京の街の侘しいこと。予算やロケ地の関係もあったのだろうが、出て来るのは寂しげな住宅街や草ぼうぼうの空き地ばかりで、月光仮面が白いバイクにまたがって颯爽と賊の車を追うのは、もうもうと土ぼこりが舞う未舗装の道路。これじゃ月光のおじさんも苦労をしたはずだ。あのサングラスとマスクは、目や喉を守る必須アイテムだったんだね。
それでも、そんな追跡場面のひとつに、建設途中の東京タワーが映ったときには感動したなあ。そう、あの映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に出て来た、半分までしか出来ていない東京タワーだ。昭和33年の暮れに開業した高さ333mのテレビ塔は、復興日本のシンボルであり、また時代を刻むシンボルでもあった。『三丁目の夕日』のタワーはCGだったが、このドラマに映っていたのはまぎれもなく本物。つまり『月光仮面』こそがわれわれ世代にとっては、まさにひとつの時代のシンボルなのだな。
ところで、自慢話をひとつ。このドラマで月光仮面と名探偵・祝十郎役を主演した大瀬康一さんに、筆者は一度だけお会いしたことがある。もう二十数年前だが、大瀬さんは当時すでに俳優から実業家に転身しておられた。その事務所がインテリアのリニューアルをするというので、妙なつながりからそのデザイン案を持って、六本木のビルの一室に伺うことになったのだ。そのとき、そばには夫人で元女優の高千穂ひづるさんもいたなあ。
おお、本物の大瀬康一だ! 自分で描いたデザイン案を説明しながら、若かった筆者は思わずまじまじと相手の顔を見てしまった。大瀬さんは黙って話を聞いていたが、この年代の奴はどうもなあなどと感じていたのかな。昔よりちょっぴり太って、鷹揚な感じの人だったのを覚えている。どういうわけかリニューアルの話はそれっきりになってしまったが、それにしてもあのとき名刺を貰っておけばよかったと悔やまれる。
さらに、因縁話をひとつ。このドラマのオープニングを観ていて驚いたのは、助監督に都成潔さんの名があったこと。都成さんとは、今から十三、四年前に筆者が横浜市内の小さな企業ミュージアムを設計した際、一緒に仕事をしたことがあったのだ。展示場の一角にミニ劇場を作り、等身大の人形や映像、光の効果などでちょっとしたドラマを展開するという趣向だったのだが、そのときのシナリオと演出を担当して頂いたのがこの方だったというわけ。
あの頃すでに人の好さそうな初老の紳士だった都成さん、年齢を逆算してみれば、『月光仮面』の当時はたぶんバリバリの若手助監督だったのだろう。そうだったのか。そうと知ってればあのとき、もっと話を聞いておけばよかったと悔やまれる。つまり今になってこのドラマを観ていると、いろいろと悔やまれることが多いのだな。
あれはテレビの黎明期、筆者がまだ小学校低学年だった頃のことだ。とにかく月光仮面は子供たちの圧倒的ヒーローだった。なので、番組を提供していた武田薬品のマークを見ると、筆者などはいまでも心臓がドキドキしてしまう。
そんな『月光仮面』がDVDになって帰って来た。昭和30年代のテレビドラマシリーズを全編復刻したもので、販売しているのはファーストトレーディングという会社。画質は悪いが当時の思い出がそのまま蘇る上、1枚が500円というから涙の出るような商品じゃないか。筆者も早速入手してときどき繰り返し観ているが、やっぱり胸がジンと熱くなるなあ。

しかし、今見ると色々と感じるところも多い。ちょっと格闘すればすぐに外れてしまいそうな主人公のターバンや、見ている方が気恥ずかしくなるようなモッコリタイツは置いといても、全編を覆うこのもっちゃりしたテンポは、やはり現代のドラマを見慣れた目にはひどくスローに映る。全体の構成も、仮面のヒーローが華々しく活躍するアクションシーンよりは、事件に関わる人々の人間関係や情愛といった部分に多くを割いている。いわば、まるでメロドラマといった作りなのだ。
おまけに、舞台となる当時の東京の街の侘しいこと。予算やロケ地の関係もあったのだろうが、出て来るのは寂しげな住宅街や草ぼうぼうの空き地ばかりで、月光仮面が白いバイクにまたがって颯爽と賊の車を追うのは、もうもうと土ぼこりが舞う未舗装の道路。これじゃ月光のおじさんも苦労をしたはずだ。あのサングラスとマスクは、目や喉を守る必須アイテムだったんだね。
それでも、そんな追跡場面のひとつに、建設途中の東京タワーが映ったときには感動したなあ。そう、あの映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に出て来た、半分までしか出来ていない東京タワーだ。昭和33年の暮れに開業した高さ333mのテレビ塔は、復興日本のシンボルであり、また時代を刻むシンボルでもあった。『三丁目の夕日』のタワーはCGだったが、このドラマに映っていたのはまぎれもなく本物。つまり『月光仮面』こそがわれわれ世代にとっては、まさにひとつの時代のシンボルなのだな。
ところで、自慢話をひとつ。このドラマで月光仮面と名探偵・祝十郎役を主演した大瀬康一さんに、筆者は一度だけお会いしたことがある。もう二十数年前だが、大瀬さんは当時すでに俳優から実業家に転身しておられた。その事務所がインテリアのリニューアルをするというので、妙なつながりからそのデザイン案を持って、六本木のビルの一室に伺うことになったのだ。そのとき、そばには夫人で元女優の高千穂ひづるさんもいたなあ。
おお、本物の大瀬康一だ! 自分で描いたデザイン案を説明しながら、若かった筆者は思わずまじまじと相手の顔を見てしまった。大瀬さんは黙って話を聞いていたが、この年代の奴はどうもなあなどと感じていたのかな。昔よりちょっぴり太って、鷹揚な感じの人だったのを覚えている。どういうわけかリニューアルの話はそれっきりになってしまったが、それにしてもあのとき名刺を貰っておけばよかったと悔やまれる。
さらに、因縁話をひとつ。このドラマのオープニングを観ていて驚いたのは、助監督に都成潔さんの名があったこと。都成さんとは、今から十三、四年前に筆者が横浜市内の小さな企業ミュージアムを設計した際、一緒に仕事をしたことがあったのだ。展示場の一角にミニ劇場を作り、等身大の人形や映像、光の効果などでちょっとしたドラマを展開するという趣向だったのだが、そのときのシナリオと演出を担当して頂いたのがこの方だったというわけ。
あの頃すでに人の好さそうな初老の紳士だった都成さん、年齢を逆算してみれば、『月光仮面』の当時はたぶんバリバリの若手助監督だったのだろう。そうだったのか。そうと知ってればあのとき、もっと話を聞いておけばよかったと悔やまれる。つまり今になってこのドラマを観ていると、いろいろと悔やまれることが多いのだな。
2008年02月05日
黄色い梅の花

小城の天龍山泰平寺は日蓮宗の寺だ。その駐車場の隣家の庭に、いま黄色い梅が咲いている。寒風の中、透き通ったような黄色の花弁が重なるように咲きそろい、ちょうど満開といった風情なのだ。この季節に満開で、しかも黄色の梅の花というのが珍しく、つい立ち止まって見てしまった。
カメラに収め、さっそく帰って調べてみた。ネットの検索エンジンで「黄色」「梅」を入力し、クリックしてみたところすぐに種類が分かった。その名は「ロウバイ」。漢字では「蝋梅」と書くらしい。しかし、名前に「梅」の字が入ってはいるものの、こいつはどうやら梅の仲間ではないらしい。
なるほどね。見た目は梅の花にそっくりだが、よく見ると、どことなく枝振りや花弁の形が違うようでもある。なんだ、梅じゃないのか──筆者もちょっと狼狽してしまった。
この「ロウバイ」、正しくはロウバイ科ロウバイ属の落葉低木で、バラ科サクラ属の「梅」とはそもそも別の木だそうな。つまり他人のそら似という奴だ。じゃあ、「蝋梅」なんて名前を付けるなよ!
怒っても仕方がないが、元をただせばロウバイは、唐の国からやって来たという渡来もの。そのため「唐梅」の別名もあるといい、むこうでの名前がそもそも「蝋梅」だったとのこと。つまりこれ、名前と一緒に輸入された植物なのだ。いわれてみれば、その半透明のような花弁はどこか蝋細工のようでもあり、「蝋梅」の名も自然に聞こえてくる。国は違えど、見る者の印象は変わらないということだな。
疑問の解けたロウバイだが、見た目の美しさ艶やかさに変わりはない。冬空の下、寒々とした心を慰めてくれるようなひとむらの輝きは、やはり貴重だ。英名の「ウィンタースイート」は、この花にピッタリのような気もするな。このロウバイが終れば、やがて本物の梅が咲く春が訪れるのだ。


