2021年11月30日

勝ち名乗りはロシア語で

勝ち名乗りはロシア語で

大相撲九州場所も照ノ富士の全勝優勝で幕を閉じた。その中で今場所は東前頭7枚目の宇良が健闘し、10勝5敗で初の技能賞を獲得した。大型力士を相手にひときわ小さな宇良が勝つと、観客も大いに盛り上がる。「うらーーーっ!」という行司の勝ち名乗りが、今場所は10回も館内に響いたことになる。その「うらーーーっ!」を聞くと、筆者はついニヤニヤしてしまうのだが、それは随分むかしの、相撲とは全然関係ないある出来事を思い出すからだ。いいねえ「うらーーーっ!」は。

あれは筆者がまだビンビンと若かった、もう40年ほど前のことになるなあ。大阪の某国立博物館の調査の仕事で、筆者は当時のソ連(現ロシア)へ行くことになった。と言っても、同館の偉い教授であるK先生のお供、つまりはチームのスタッフの一員にすぎなかったのだが、初めてのソ連ということで心がときめいたのを覚えている。成田空港を出たわれわれ一行はモスクワに着いた後、国内線でウズベク共和国(現ウズベキスタン)に入り、タシケントやサマルカンドなどの都市を回った。仕事というのは、それらの街の古い民家や民具を調査することだったのだ。

そんな昼間の調査仕事が終わると、夜はホテルに引き上げ皆でウォッカを飲んで寝たものだが、ときどきK先生の知り合いの現地の人から、歓迎パーティーに招かれることもあった。なにしろ向こうでは、日本人は珍しい遠来の客なのだ。そんなある晩のこと、われわれはK先生の友人の学者さんのお宅に招待され、用意された羊肉の手作り料理を前にして、全員で乾杯することになった。で、ウォッカのグラスを合わせたそのとき、事件は起きたってわけ。わが一行の最年長スタッフであるSさんが、突然「ウラーーーッ!」と叫んだのだ。

「ウラー」がロシア語で「万歳」の意味らしいことは、筆者も他のスタッフも何となく知っていた。なので、へえSさんも意外に気が利くなと皆で笑っていたのだが、横槍を入れたのはこのチームの隊長だった。「S君、『ウラー』という言葉は帝政ロシア時代の言葉だから、ソ連になった今は使わない方が良いよ」と、真面目な顔でたしなめたのだ。カチンと来たのはSさんだ。なにしろ隊長とSさんは古い仕事仲間だから、言葉にも遠慮がない。「そんなことはないよ君、時代は変わっても『ウラー』は『ウラー』だろう」と、撤回する様子はまるでない。K先生はニヤニヤ笑って見ていたが、結局、自説を引っ込めないまま、二人とも不機嫌になってしまった。こうなると、年長者同士のメンツがかかっているから、互いに後には引けないのだな。

それから数日が経ったある日のこと。調査スケジュールもほぼ消化し、日本への帰国のためモスクワに戻ったわれわれ一行は、観光と買物を兼ねて街をブラブラ散策していた。古都モスクワは、歩けば見どころの多い街なのだ。時はちょうど11月7日の革命記念日の数日前で、街はこのソ連最大の祝日を祝うため、華やかな飾り付け作業が進められていた。背の高いビルには何やらキリル文字の垂れ幕が掛かり、スピーカーからは男声合唱の革命歌らしい歌声が、大音量であたりに流れていた。いかにも祭りの前という雰囲気が、赤の広場一帯を覆っていたっけ。

ああ、われわれはいまソ連という共産主義国の首都にいるんだな、という実感を一行の誰もが噛み締めていたそのとき、事件はやはり起きたのだった。革命歌がピタリと止んだ瞬間、スピーカーが突然、大声であの言葉を叫んだのだ。「ウラーーーッ!」。それは赤の広場の空に響き渡り、街ゆく市民の高揚感を、いやが上にも掻き立てるように聞こえた。「『ウラー』と言っとるじゃないか」と、ニヤニヤするK先生。そのときの嬉しそうなSさんの顔と、不機嫌になる隊長の顔は面白かった。「『ウラー』はやっぱり『ウラー』なんだな」と、われら若いスタッフも密かに二人を見比べながら、心の中でニヤニヤしたのだった。楽しいねえ「ウラーーーッ!」は。

「ウラー」は、ロシア語で「万歳」とか「やったー」の意味を持ち、むろん現在でも使われる言葉らしい。なので彼の地では、スポーツの試合場でもこの言葉が飛び交うようだ。ゴールと同時に「ウラーーーッ!」とね。大相撲だっていまや海外でも人気があり、YouTubeを使えば、世界中の人々が観ることが出来るスポーツだ。ロシア人の中にも、大相撲ファンがいておかしくはない。そんなロシア人でもし宇良のファンがいて、彼が「うらーーーっ!」と行司の勝ち名乗りを受けるたびに、「ウラーーーッ!」と叫んでいたら面白いと思うのだが。いや、筆者的にはぜひそう叫んで欲しいね。「ウラーーーッ!」。



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Posted by 桜乱坊  at 12:02 │Comments(0)スポーツ

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