2015年02月20日

プロレスラー鍋物語

プロレスラー鍋物語

引退した相撲取りが始める商売といえば、まずちゃんこ鍋の店と相場が決まっている。近頃は貴闘力や琴光喜などのように焼肉屋を開く元力士もいるようだが、やっぱり圧倒的に多いのはちゃんこのはず。筆者も過去に何度か、そんなちゃんこ料理の店で食べたことがある。内部にはいろんな力士の手形やサインなどが飾ってあり、独特の雰囲気の中で食べる本場仕込みの鍋は、どの店もとても美味かったね。

ちゃんこが美味いのは、それを作る力士たちが新弟子の頃から腕を磨いたからだろう。何といっても食べるのは怖い先輩や親方だから、マズいものを出すわけには行かない。しかも自分たちだって食べるのが商売だ。彼らの豪快かつ繊細な手先は自然と、美味くて栄養バランスのとれた鍋料理を作れるようになる。なにより鍋は一度に大量に作れる上、後からいくらでも材料を継ぎ足せるのが利点。おまけにみんなで囲めば、結束力も強まるってわけだ。

もっとも、ちゃんこ鍋の店は元力士の専売特許と決まったわけじゃあない。実はプロレスラーも、引退した後はけっこう鍋料理屋を開いている。え、プロレスラーがなんで?と思う人がいるかも知れないが、これには日本プロレス界の父、力道山が相撲界出身だったという歴史が大きく関わっている。

大相撲の関脇まで昇った力道山は自ら髷を切って引退した後、プロレスラーに身を転じたわけだが、会社を興すにあたり相撲界の慣習をずいぶん取入れている。例えばジムを相撲部屋のような師弟関係にしたり、若手が先輩の身の回りの世話をする付き人制度にしたり。これらは彼が修行をしたアメリカにはないやり方で、結果としてこうした大相撲式の家族的選手育成スタイルは成功し、現在のマット界へと引き継がれた。プロレスラーが自炊して共にちゃんこ鍋を囲むのも、つまりはその伝統の延長なのだ。

筆者は東京に住んでいた頃、プロレス好きな仲間と「烈する会」という同好会を作っていたが、皆でたまに元レスラーの店を訪れたりしていた。中でも思い出すのが、浅草寺のすぐ北の方にあった「香寿美」という小料理屋。ここはあのアニマル浜口さんの奥さんが切り盛りしていた店で、われわれが行った晩もカウンターの中では、娘の京子ちゃんによく似た奥さんが腕を振るっていた。ふと見るとすぐ横の席には赤い顔をした浜口さんが、テレビで見たことのあるプロレス記者と話し込んでいたっけ。

ここのオススメは何といってもカレーちゃんこで、具が多くさっぱりしたカレー味は、酒にもよく合うなかなかの美味しさ。メンバーでガヤガヤ飲んで食べるうち、途中からは浜口さんも話の輪に加わり、関節技の話題などで盛り上がったのを思い出す。思うに、若手時代に国際プロレスで鍛えた浜口さんのちゃんこが、奥さんの手でグレードアップしたものが、ここのカレーちゃんこになったのだろう。ただし思い出の味のこの店、今は閉じてしまったらしいのがちと残念!

飯田橋にある「かぶき」という店に行ったのはいつだったか。ここは名前の通り、あのフェイスペイントと毒霧で一世を風靡したグレート・カブキさんが、マスターとして庖丁を握る小さな居酒屋。むろん店ではスッピンだけどね。店内の壁にはカブキさんの現役時代の写真や試合のポスターなどが貼ってあり、プロレスムードがぷんぷん漂っていた。カウンター席が他の客で埋まっていたので、人数の多いわれわれは一番奥のテーブル席に陣取ったわけ。

ここで食べたのもやはりちゃんこ鍋だったが、他にもいろいろ多彩なメニューがあり、そのどれもがイケていたね。だが、いちばんの喜びはカウンターの客が帰った後、カブキさんがわれわれの席に来て、30分ほど話相手になってくれたことだ。気さくな人で、友人レスラーたちの近況や新人時代の過酷なスクワットについてなど、いろんな面白い話をしてくれた。「スクワットのやり過ぎは、本当は膝に良くないんじゃないですか?」と筆者が突っ込むと、「だからレスラーはみんな膝が悪いんですよ」とカブキさんは笑っていた。もっとも毒霧の正体については、ついに明かしてくれなかったけどね。

そういえばわれわれは、西武新宿線の中井にあった「スナック・カンちゃん」にも押し掛けたなあ。カンちゃんと聞いてピンと来た人はカンが良い。そう、ここはあのモンゴリアンチョップの巨漢レスラー、キラー・カーンが引退後に開いた店だ。居酒屋と違い数人の女の子が接客をしていて、怖い顔をしたカンちゃんは厨房でせっせと料理を作っていた。その料理が美味かったのか、女の子が可愛かったのか、筆者が覚えているのはこの店で相当飲んだこと。帰りの勘定のとき、みんなでちょっと顔を見合わせた記憶がある。

と言っても別にこの店がぼったくりなわけではなく、つまりはわれわれがしこたま飲んだから。怖い顔のカンちゃんの正体は、奥から出て来てメンバー一人ひとりに丁寧にサインをしてくれる、心優しい人だったね。惜しかったのは飲み過ぎたせいで、力士出身のこの人の手作りちゃんこを食べそこなったこと。その代わり締めに特性カレーを食べたけど、これはこれでけっこう美味かった。現在は中井から大久保に場所を移し、「ちゃんこ居酒屋カンちゃん」として鍋料理をメインにしているらしいので、いつか味見をしたいと思っている。

こうしたプロレス界の鍋の伝統は、後の世代のUWF系の団体にも受継がれているようだ。何の番組だったか忘れたが以前テレビで筆者が観たのは、高円寺でジムを営む元レスラーの宮戸優光氏が、練習生のためにちゃんこを作る場面。この人が腕によりをかけた自慢の鍋は、まず最初にコーチのビル・ロビンソンに捧げられ、御大は熱そうな椀を受け取りながら「アリガト」と笑顔を見せていた。筆者には彼らの師弟関係がとても日本的なものに見え、ああロビンソンもついにちゃんこの味が染みたのかと、感慨深かったのを覚えている。

「ちゃんこ」とは本来、相撲部屋で力士たちが作る料理全般を差すらしいが、ちゃんこ鍋はその中でも最もポピュラーなもの。男たちが作り男たちが輪になって食べる鍋こそが、男たちの頑健な体を作り家族的な連帯を生むというわけだ。この良さをプロレス界に取入れた力道山は、やはり先見の明があったのだろう。欧米から伝わったプロレスが日本で今日まで隆盛した理由の一つに、このちゃんこ鍋の存在があったと考えるのはうがち過ぎかな?



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Posted by 桜乱坊  at 15:38 │Comments(0)食べ物など

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