2009年11月12日

沈まぬ太陽

長い映画はどうも苦手だ。どんなに面白くても、3時間以上も画面を見続けるとやはりくたびれるし、だいいち途中でお尻が痛くなったりトイレに行きたくなったりする。なので筆者にとって良い映画とは、せいぜい1時間半から長くても2時間までのもの。それ以上の長さになると、どうも観る前にちょっと躊躇してしまうのだ。

そんな筆者が先日観た若松節朗監督の『沈まぬ太陽』は、なんと3時間22分の大長編映画。あまりに長いので最近の映画では珍しく、途中に10分間の休憩時間が設けられていた。つまり、ションベンタイム。しかしこんな休憩時間入りの映画は、2001年に銀座で観た『2001年宇宙の旅 新世紀特別版』以来じゃなかったかなあ。日本映画では他に黒澤監督の『赤ひげ』が、確かそうだったような気がするが…。

作品の舞台は、“日本のナショナルフラッグ”と呼ばれる国策会社「国民航空(NAL)」。主人公の恩地(渡辺謙)は1960年代に労組の委員長を務め、会社との団体交渉に辣腕を振るうが、そのため委員長を退いた後の報復人事により、中東やアフリカなどに転々と10年間も左遷される。で、やっと日本に戻った彼を待っていたのは、「国航ジャンボ墜落事故」の悲劇。死者の数、520人という大惨事だった。

救援隊遺族係を担当し、会社の信頼回復のため誠意を尽して働く恩地。やがて政府の肝いりで、国民航空の経営再建にと起用された国見会長の抜擢により、恩地は会長室部長に就任する。これまでの地道な努力が認められ、ようやく活躍の場が与えられたのだ。だが社内には、大胆な改革を押し進める国見や、労組時代の過去を謝罪しようとしない恩地を、快く思わぬ勢力が虎視眈々と巻き返しを狙っていた…。

まあ、フィクションと謳ってはいるものの、これは誰が見たって実在の企業や人物、そして実際に起きた事故をモデルにした作品だということが、すぐに分かる。傲慢な企業人、暗躍する政治家──。ははん、この役はあの男のことか、なんて想像もけっこう楽しめたりする。そこには昭和の高度経済成長時代の日本があり、一人の元労組委員長の生真面目な生き方を通して、企業や政治の世界のドロドロとした裏側がこれでもかと暴き出されている。そこがまたけっこうリアルなのだ。



一言でいえば、これはサラリーマン映画の大力作という奴だろうか。3時間22分の長さを感じさせないドラマの構成、そして緻密に描かれた様々な人間模様。渡辺謙をはじめ出演者の演技にもクサさがなく、カメラも音楽もセンスはグーだ。おかげで観客は自然にストーリーに惹き込まれ、飽きることはない。様々な嫌がらせや冷たい仕打ちに耐えながら、ひたすら会社のために一生を捧げる企業戦士・恩地の姿に、自分の人生を重ねた人も多かったのではなかろうか。日本映画の傑作がまた一つ、ここに生まれたともいえそうだ。

とまあ、ここまで褒めても何か貰えるわけではないが、恩地のような大企業のサラリーマンを務めた経験のない筆者には、ちょっと引っかかる部分がないこともない。それは、そこまで会社に疎まれるのならこの男、何でさっさと辞めちまわないのかな──という素朴な疑問だ。他の企業に移ったり自分で会社を起したり、恩地ほどの能力があれば、いくらでも他に選択肢はあったはず。たった一度の人生を、冷や飯食いのままただ一つの企業に捧げるのは、どう考えても理屈に合わない。まさか、封建時代の武士道じゃないんだから…。

そこまで考えてふと筆者が思い出したのが、1963年にベルリン国際映画祭で金熊賞を獲った、今井正監督の名作『武士道残酷物語』。残虐な藩主のこれでもかという仕打ちに耐え、ひたすら滅私奉公に励む飯倉家の男たちを描いた、辛く哀しいオムニバス映画だ。そこにはマゾじゃないかと思うくらい忍耐強く、ただただ藩主の為に自己を犠牲にするサムライたちの姿が、いくつも描かれている。だから、武士道なんてやめちまえ──というかなりメッセージ性の強い映画が、これだったなあ。

筆者が思わず重ねてしまったのは、そこに描かれたサムライたちの姿と、ひたすら会社のために自己を犠牲にする恩地の姿だ。冷血非道な組織と、じっと耐えながらやがて来る春を待つ使用人。その構図は、まるで瓜二つの双生児ではないか。そう、そこにある哀しい美のアナロジーを、筆者は発見してしまったのだ。つまり『沈まぬ太陽』が現代版『武士道…』、いや『サラリーマン残酷物語』だということを。

なんて勝手なことを書いてしまったが、別に筆者はこの映画をくさしているわけではない。『沈まぬ太陽』が傑作なのは、間違いないところだろう。つまり言いたいのは、この映画がきわめて日本的な色彩を持ったドラマだということだ。ただしそれは、昭和の時代で途絶えてしまった、もはや懐かしい色彩なのかも知れないが…。



Posted by 桜乱坊  at 12:12 │Comments(0)TrackBack(0)本・映画・音楽など

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